第18章 story17“藤棚の祈り”
それから直ぐに小田原城開城の報せを受け、忍城でも開城の動きが進められていた。
城を見つめる三成に幸村が話し掛ける。
「三成殿、大坂へ戻りましょう…」
「お前達は先に戻れ…俺はまだここに残る」
水攻めの最中、三成の計算外の事が起きた。
予想外の雨に降られ水量が増し、更に堤防の弱い部分が決壊し兵が巻き添えになった。
「私は先に大坂へと向かいます…ですが三成殿も必ずお戻り下さい、彩芽殿が待っている」
彩芽の名前に三成は拳を握り締めた。
「…合わす顔などあるものか……」
一言呟くと握られた拳は力なく開かれた。
「…三成殿」
他に言葉が見つからず、それ以上は何も言えなかった幸村は馬へと向かい跨がった。
「殿の事は任せろ、なぁに…死なせやしないさ」
「左近殿…頼みます」
「お前さんは早馬で戻って待ってるお姫さんを安心させてやんな」
「はい」
幸村は大阪へと向け馬を走らせた。
その姿を見届けた左近は三成の隣へ歩み寄る。
「殿」
「……幸村は行ったのか」
「えぇ…若い衆にそんな項垂れた背中なんざ見せるもんじゃないですぜ」
「……」
「城は沈まず、か…正に浮城ですね」
忍城を見つめながら左近は言った。
「それでも殿は…前に進まなきゃなりませんよ」
「左近…」
「秀吉様の天下にはあんたが必要なんですから」
「そうだな…」
三成の脳裏に彩芽の笑顔が過る。
合わす顔などないと感じたのに、こんなにも会いたくて堪らない。
「今から出れば幸村にも追い付くかもしれない」
「あぁ」
力強く返事をした三成は兵達に帰還を伝え大坂へと出発した。
藤棚で待つ彩芽を想いながら。