第5章 蕩ける華-地獄鬼-
「おい、○○」
「え?」
掛かった声に振り返れば、そこにいたのは地獄鬼。
彼が○○の式となったのは、数か月前のことだ。
鬼が…たとえ陰陽師であろうと、人間、しかも少女の式となることなど、良しとするはずもなく。
それでも○○は、より強い式を得る為に地獄鬼に戦いを挑み、辛くも勝利したからこそ、彼はここにいる。
渋々ながらも○○の式となった彼だが、そこは地獄鬼、なかなか一筋縄にはいかなかった。
一言で言うなら俺様気質、とでもいうのだろうか。
気の良い兄貴分的空気もあるにはあるのだが、鬼の性なのか、どうにも荒事を好む傾向が強い。
もっとも、これは他の鬼にも共通するところではあるが、○○はその度に、当初こそ多少の遠慮はもちろん、彼を“地獄鬼さん”なんて呼んでいたり、言葉遣いにしても丁寧な口調で接したものだったが、今やその地獄鬼とは歯に衣着せぬ応酬をし合う間柄となっている。
他の…鬼を含めた式神にも言うべきところはしっかり言うし、地獄鬼に対すると同様、丁寧語なんて何処かに吹っ飛んでしまった相手も結構いたりする○○だが、その中でも、地獄鬼には際立ってぽんぽんと言葉が飛び出してしまうのが不思議だ。
お陰で当初は口論といえば聞こえは良いが、一触即発状態が頻発していたものだ。
が、今ではそれもほとんどなくなっている。
○○と地獄鬼が互いの存在やら言動やらに慣れてしまった、という一面もあるにはあったが、そこにもう一つの側面が潜んでいることを、○○は知らなかった…この、夜まで……。
「おい、ちょっと相手しろよ」
「相手?」
酌でもしろと言っているのか、と○○は思ったが、地獄鬼の手にそれらしきものはない。
あったのは。
「サシでやろうぜって言ってんだよ」
「ええっ!?」
かつて地獄鬼に勝てたのは、あの時点で仲間になってくれていた式の力を総動員したからだ。
自分一人でなんて、勝つどころか、そもそも相手にもならないに違いない。
第一、そんなことは。
(そんなこと、地獄鬼だって分かってるはずなのに)
そうは思うも、地獄鬼は引かない。
自身の得物と、○○がいつも持ち歩いている刀をいつの間にか携えて、ぐい、と押し付けてきた。