第3章 更衣-池袋駅運転手-
「はい。また…必ず……」
その時こそは、誰にも邪魔されないように頑張らなくては。
自分に喝を入れるように、彼は気持ちを新たにする。
しかし一方で、遠ざかり、やがて見えなくなっていく姿を見送って、それにしても…と、微かに眉間を寄せた。
(あれは、鬼…だな……)
○○が鬼をも式神としている、とは、以前から知っていたが。
なるほど、そういえば確かに角があった。
つまりはあれがそうらしいが、何とも絶妙に邪魔をしてくれたものだ。
職務中はきびきびと、そして笑顔も絶やさずに。
日常、そんな出来過ぎな池袋駅運転手はしかしこの日、○○を連れ去っていく鬼を見遣りながら、脇に下ろした拳に、ぐっ、と力を込めた。
「次は…必ず……」
『また』と言ってくれた彼女。
その『また』の機会を、今度こそ無駄にしない為に。
(今度こそ、この気持ちを…あの人に……)
彼が定めた想いは…果たして……。
「○○さん。貴女が好きです!僕と、お付き合いしていただけませんか」
人目も多い駅構内にあって、彼の投じた、勘違いしようもないほどの直球は、この後しばらく、池袋駅での語り草となったという(ついでに上司からもお説教を食らったが)。
そうして…そんな彼の渾身の告白の行方や如何に、といえば。
勤勉実直、穏やかさを湛えた面が時に、へにゃり、と至極幸せそうに緩む(というより崩れる)ことから、容易に推し量れるというものだろう。
「よぉ、今日はいつにも増して調子が良さそうじゃないか」
「ええ。実はこれから、彼女と待ち合わせをしているんですが……」
「あ~~~……(しまった!)」
うっかり話しかけた挙句、そのまま惚気を聞かされる羽目に陥るという被害者が、その後続出したとか、しないとか……。
-終-