第13章 遠い約束-氷獣鬼-
しかし、○○が驚いたように瞠目し、ほどなく、
「ご、ごめんっ!」
言い捨てるように身を翻す、それだけで氷獣鬼には十分だった。
「待て、○○!」
○○にしてみれば、自らの力を制御する氷獣鬼の能力は当初から備わっていたものだとばかり思っていたから。
そうではなかった…という事実は、○○を驚かせた以上に、
(立ち聞きしちゃったよーっ)
式神にしろ、そうではない人外にしろ、力あるものは、その力の内実を他者に知られることを嫌う。
己の力量を知られることは、戦いに際して不利になり得るからだ。
だからきっと、氷獣鬼は今まで誰にも…自分にも話さずにいたに違いないのに。
見たところ懇意らしき、あの鬼が相手であればこそ、氷獣鬼も素直に打ち明けたのかもしれないのに。
それを、自分が勝手に聞いてしまったなんて。
○○は、自己嫌悪に陥っていた。
だからこその、先刻の謝罪…だったのだが。
その意図は目下、見事なまでに氷獣鬼には伝わっていない。
彼にすれば、何より大事な少女に走り去られたことが、衝撃以外の何ものでもなかった。
なので。
「え?おい、待てって!俺の護符は!?」
「知らん」
「あぁっ!?」
「己でどうにかしろ」
氷獣鬼は、ばっさりと旧知の相手を切り捨てて踵を返した。
「くぉら、ざけんなーっ!」
後ろからそんな叫びが聞こえても、気にしない(というより気にならない)。
古い知己の気配が遠ざかるのを感じながら、氷獣鬼は真っ直ぐに○○の後を追った。
「○○!」
林道を抜ける前に少女に追いついた氷獣鬼は…そのまま……。
「ぇっ?ひゃぁぁっ!?」
○○もろともに、草叢に縺れ込んだ。
そんな二人が再び姿を現したのは…しばらく、いや、かなり後刻の、日暮れ時をとうに過ぎた頃……。
果たして、草叢での二人に何があったのか、もはや皆まで言うには及ばないだろう。
ちなみに雷獣鬼の新しい護符は、後日、氷獣鬼によって改めて手渡されたが、雷獣鬼が軽口を叩くことは二度となかったという。
-終-