第12章 The Great Humbug(東峰旭)
「ずいぶんもてるじゃないの、アズマネクン」
2人きりの自習室で、なまえは茶目っ気たっぷりにそう言った。
「からかわれてるだけだよ」カーテンから漏れる西日を浴びながら、東峰は机に突っ伏していた。「むしろいじめに近い」
あの後、好奇心旺盛な2人による質問攻めに遭い、今はもうシャーペンを握る気力すら湧かなかった。
帰りのホームルームが終わってから、部活が始まるまでの30分間。
その時間に時々、中学からのよしみでなまえに苦手な英語を教えてもらう。それだけだ。本当にそれだけ。
何度説明したって、彼女たちは納得してくれなかった。
結局、あの2人が知りたいのは色恋沙汰であって、なまえのことが好きなのかどうか詰め寄られた。付き合ってない、と言えるものの、好きだ、とも好きじゃない、とも言い切ることができず、結局、結局、結局…….
『じゃあ好きじゃないってことね!?ちょっと私みょうじさんに伝えてくるわ』
『わー!待った待った!言うから!!!待って!!!!』
教えてしまった。
あぁ、もう最悪だ。明日からずっとからかわれるんだ。
旭は机に突っ伏したまま「あああぁぁぁぁ」と脱力した声を出した。
「やる気でないなら、今日はもうお喋りする日にしちゃおっか」
何やら落ち込んでいる旭を見て、なまえは苦笑した。
「……ごめん」
申し訳なくなって、腕の間から彼女を見ると「いいよいいよ」と言ってくれた。
「その代わり、明日は2倍頑張ってもらうからね」
なまえはこんなに優しいのに、こんな時でも彼女の唇やうなじに目がいってしまう自分が憎い。
旭の隣の席に腰掛けたなまえが、紙パックの野菜ジュースを取り出してストローを差し込んだ。
「あれ、野菜嫌いなんじゃないのか」
「嫌いだよ。でもその代わりに飲みなさい、ってママがお弁当に入れてくるの」
なまえは一口飲んで、眉を少し潜めた。「口には合わないけど」
「野菜は大事だもんな」
「そうかもしれないけど、嫌いだもん」
ほっぺたを膨らますなまえを見て、可愛い、と思った。
運動もできて、勉強もできる彼女にも、こんな子供じみた一面があるということを、自分は知ってる。
そのことに、優越感も罪悪感も感じる。