第12章 The Great Humbug(東峰旭)
「席替えしたんだね、一瞬教室間違えたかと思ったよ」
状況を知らないなまえは、ルーズリーフを旭に差し出した。「はい、これ昨日言ってた英文、訳してきたよ……ってか、なんか顔赤いね?風邪?」
その言葉に、隣の女子2人が一斉に噴き出した。
なまえは「え?」と彼女たちのほうを振り返り、旭は「あーもう、勘弁してくれ」と両手で自分の顔を覆った。
「ごめんごめん、私たちが東峰っちのことからかっちゃったから」
斜め前の席の女子が笑いながら説明する。首をかしげるなまえに、もう1人の女子も「今さ、旭が動物に例えたら何かなーって話してたの」と、微妙にズレた説明をする。
「そう、なんだ」
なまえはまだ不服そうな顔をしていたが、一応そう返事をした。
「ねぇ、みょうじさんは東峰っちのこと、動物に例えるとしたら何だと思う?」
「え……ライオン、かな」
「ライオン!!」
また2人はケラケラと笑った。旭も盛大なため息をつく。散々ヘタレだと言われた直後に、よりによって百獣の王様をチョイスされるとは。
なまえは気にせずニコニコとしながら「そう、ライオン」と繰り返した。
「ただし、オズの魔法使いのね」
そう言ってブレザーのポケットから文庫本を取り出してみせた。表紙には女の子と、一匹の犬。ブリキの人間と、かかし、そしてライオンの絵がついている。
「Wicked!」
隣の席の女子が声を上げた。「劇団四季、観たことあるよ。でもライオンそんな出番あったっけ?」
「それは派生作品」
なまえが柔らかく訂正する。「この本は原作」
「はい、私、絵本で読んだことあります」
斜め前の席の女子が手を挙げた。「脳のないカカシ、心のないブリキ、勇気のないライオン」
「勇気のないライオン」
旭も繰り返した。自分で言うのもなんだが、しっくりくる。
「ちょ、みょうじさん、あなた何気に私達よりも酷いね!?」
「え、そうかな?」
なまえは快活な笑顔で返してから、壁に掛けられた時計を見た。「あ、ごめん、私お昼食べに戻らなきゃ。旭、また放課後ね」
脈絡なくそう言ってひらり、教室から出て行ってしまった。
残された旭は頭を抱えた。
2人の女子は顔を見合わせて、どちらともなく
”……また放課後ね?”
となまえの言葉を繰り返した。