第11章 海に生きるライオン(黒尾鉄朗)
それから10分後、
俺は年寄り臭いぞ、と彼女に言う代わりに、大きな月を眺めながら「全然うさぎの模様には見えねぇよな」と何気なく言ってしまったことを後悔していた。
気がついた頃には、なまえは滔々と講釈を垂らし続けていた。
「…だからね、日本や中国では月の模様はうさぎって言うけれど、南ヨーロッパではカニって言われてるし、南米ではワニとも言われてるのよ。ワニよ、ワニ。いろんな国の人が満月を見て想像を巡らせたってことでしょう。ロマンだよねぇ」
なまえは淀みなく言葉を紡ぎ続ける。先程からこんな調子が続いているが、俺としては各国の月の模様なんかよりも、今すぐキスして押し倒したい、というロマンもへったくれもないことしか頭になかった。先程こっそり絡ませた彼女の指は今や俺の手から離れ、たわわな胸の前で力強い握りこぶしを作っている。
「でもやっぱりすごいのは『女性の横顔』。月の黒っぽいところは「海」って言うんだけど、その海を黒髪と睫毛にみたててるのね。ホントそのセンス最高。あ、月の海って言えば、アラビア人は…」
とうとう我慢できなくなって、なまえの口に右手を被せた。もごもごと何か喋り続けていたが、やがて俺が退屈していると気づいたのか、喋るのをやめた。上目遣いでこちらを見るその瞳に、また欲情する。
右手を彼女の口から離して、自分の腿を2回、叩く。
えー、という声が上がるが、無言のまま目で訴えると、「しょうがないなぁ」と言って、浅く座りなおした俺の膝の上に向かい合わせになるように跨った。
「キスまでしかしませんからね」
「わかってるよ」
とは言いつつも、言い付けを守る気は全く、ない。
腰掛けた俺の膝の上に乗ると、なまえの方が顔の位置が高くなる。後ろに手をついて下から見上げると、なまえと重なって満月が青白く光っていた。その姿が堪らなく扇情的で、生唾を飲み込む。
「絶景」
そう言って長い髪をかき上げてやると、なまえのバランスが崩れた。彼女は落ちないように座りなおして、俺の両肩に手を乗せた。