第10章 柘榴石の烏(菅原孝支)
日が傾きかけた校舎に静寂が訪れる。なまえは廊下に1人佇んで自分の絵を眺めていた。こんなまっすぐに作品と向き合うのは、この絵が完成してから初めだ。
今日、私の絵を好きだと言ってくれた人に出会った。
それだけで、今までと違う気持ちで作品を眺めることができた。
何度見ても下手くそだ。まだまだ稚すぎる。でも、確かに好きだと言ってくれた。彼の言うとおり、これはちょっと怖すぎかもしれないけど。
120号の群青に染まるキャンバスを優しく撫でた。
自然と口元が緩む。
私は今まで批判されるのが恐くて、描いても描いても、こんなの人に見せられないって思ってた。
でもそんなの辛いだけだった。
これからは、自分が心から愛せる絵を描くことにしよう。自分の作品に愛情を持てなかったら、多くの人から愛される作品になるはずないもの。
自己陶酔の塊でいいのではないか、私にはそのくらいできっとちょうどいい。
そうだ、家に帰ったら親に話そう。本当は私、美術の大学に行きたいんだって。
反対されるかもしれない。3年の夏休みになっていまさら、と。けど、負けないようにしよう。
努力するから。うんと努力するからって。
努力して、日本中のどこにいても、私の絵が目に入るようにするからって。
彼に伝えるんだ。私だって、ちゃんと絵を描くの、好きなんだよって。
見つけてくれるだろう。彼ならば。きっと。絶対。
灰色がかった髪の毛、太めの眉毛、大きな瞳に、左目元の泣きぼくろの彼。
ありがとう、と心の中で感謝の言葉を述べようとして、ふと、「そういえば、」と呟いた。