第9章 若者よ、本能に忠実であれ(澤村大地)
手を引かれたまま、抗議をしてみようかと見上げたが、有無を言わさない後姿に閉口した。
混乱と、好きな人に手を掴まれている嬉しさが混じり合っている。
何が彼を怒らせたのだろうか。やっぱり、好き勝手に騒いでいたことだろうか。
そうだよね、本人が聞いたら嫌に決まってるよね。
腕を掴む力は次第に弱まっていたが、私は自分の意思で足を動かしてついて行った。
だって、なんだかドキドキするんだもん。澤村くんが、こんなことするなんて。
この先で何があるのだろうか、怖いもの見たさでついて行った。
大丈夫、彼は優しい人だから。乱暴なことはしないはずだ。
空いている教室に入る。電気の点いていない、薄暗い教室の中に入ると、彼は扉を閉めた。
「ごめんね、澤村くん。あれは違うんだよ」
私はまず先に謝った。
「何のこと?」
背の高い身体が少し屈んだ。目線が同じ高さになる。
いつもの彼とは違う、目をしていた。
身体に恐怖が走る。あれ?なんかちょっと思ってたのと違うぞ。
何のこと? 澤村くんはまた聞いた。「俺が良いお父さんになりそうって言ったこと?なまえが結婚するなら俺が良いって言ったこと?それとも、スガのこと?」
う、と言葉に詰まる。この人、いつから聞いていたのだろうか。
「俺がなまえのことタイプだって言ったことは、嘘じゃないんだけどな」
そう言って顔が近づいた。驚いて1歩後ろへ下がると、向こうも1歩近づいた。更に下がろうとしたら、扉に背中がぶつかった。顔の両側に手をつかれて、逃げられなくなる。