第9章 若者よ、本能に忠実であれ(澤村大地)
「悪いな、盗み聞きするつもりはなかったんだ」
「大地、驚かさないでよ」友人は口を尖らせた。「それに、あんまりなまえのことからかわないほうがいいよ。この子、すぐ本気にしちゃうから」
そう言って私の頭を小突いた。いて、と声を出すと、澤村くんは笑いながら、そうか、と返事をした。
なんだ、さっきの台詞は冗談だったのか。
少し落ち込む。そりゃそうか、これが本気の告白だったら、それこそないよね。
「ってか、なんで大地が教室にいるわけ?部活は?」
「もう終わったよ。忘れ物を取りに来たんだ。
お前たちも、暗くなると危ないから、早く帰りな」
「出た!優しい!お父さん!!」
きゃー、と友人は彼を指さした。「今さ、なまえと話してたんだ。結婚するなら大地だよねって。良いお父さんになるから!ね!」
「う、うん」
同意をしながら心の中で感謝する。私と澤村くんが気まずくならないように気をつかってくれてるのだろう。
「はは、良く言われる」
澤村くんも気にしない様子で自分の机の中を覗きこんだ。逞しい腕を突っ込んで、テキストを引っ張り出す。
「あ、それ、明日までの宿題」
「そうそう。忘れるとこだったよ。危なかった」
そう言って笑いながら鞄の中にしまった。「あと、これも」
がしり、と腕を掴まれた。
「え?」
忘れちゃだめだよな、と穏やかな口調の澤村くん。その顔はいつも通り笑顔…じゃない!?
なんか怒ってる!顔は笑ってるけど目が笑ってない!!
助けを求めて友人を見た。彼女も引きつった笑顔をしている。
力強く腕が引かれた。身体のバランスが崩れて、転ばないように足を前に出して立ち上がる。
「ば、ばいばい、なまえ」
状況を察してあっさり白旗を挙げた友人に、ちょっと!と声をあげたが、ぐいぐい引っ張られて教室の外まで引きずられる。
「あ、それから、」
廊下に出たあと、澤村くんは教室の中に向かって声をかけた。「俺は年上好きでも巨乳好きでもないからな。勝手なこと言うなよ」
ピシャリ、ドアが閉まる。再び歩き出した彼に引きずられるがまま、私も歩き出した。