第9章 若者よ、本能に忠実であれ(澤村大地)
「や、ちょ、あの」
「何?」
「なんていうか、その、まだ心の準備が…その、」
「何が言いたいのか、全然わからないな」
そう言っている間にも顔の距離がどんどん縮まっていく。
こわい?嬉しい?何なの、これ?
こういうときどうすればいいの!?模範解答を教えて!
とうとう唇が触れ合う寸前で止まった。お互いの吐息が混ざり合う。
「なまえは俺のこと好きなの?」
彼の唇が動くと、自分の唇にほんの少し擦れる。ピリピリと電気が走った。
押し付けたい気持ちをもどかしく耐えていたら、どうなの?とまた聞かれた。
「……」
「黙ってたらわからないな」
離れかけた唇に、名残惜しさを感じて、つい、「あ、」と声が出た。
「何?」
「あの、」
「はっきり言わない子は好きじゃないな」
ぎゅっと目を瞑った。言ってしまおうか。今日まで誰にも言ったことのなかったこの気持ちを。
「澤村くんて、そんな意地悪な人だったの?」
口から飛び出たのは裏腹の言葉。すぐに後悔が押し寄せる。
けれど、澤村くんは口の端を上げて「でも、そういうの好きだろ?」と言った。
「そうかも…」
その言葉に彼が吹き出した。
「あぁ、もう。ごめん、やっぱ我慢できないわ」
大きな腕に抱きしめられる。可愛すぎるだろ、と額のあたりから声がした。
言ってしまおうか。いや、言うしか選択肢はないのか。
好きです、好きです。
よし、
「澤村くん、」
「なまえ、」
「私、澤村くんのことがすっんむっ…」
言い終わる前に口をふさがれた。言葉にならない言葉は彼の口の中に吸い込まれる。柔らかくて熱い感触に全身が痺れた。
『優しいだけの人には裏があるって、うちのママが言ってたよ』
友人の言葉を思い出す。
確かにそうだったよ、とぼんやりとした頭の中で返事をした。
彼は、私が思っている以上に、怒るとこわい。
そしてちょっぴり意地悪で、でもやっぱり優しい。
それからとびきり情熱的なキスをする人だったの!
行き場をなくしてあたふたと宙を彷徨っていた私の両手は、大きな手に優しく包まれて、扉に縫い付けられた。
END