第9章 若者よ、本能に忠実であれ(澤村大地)
「…澤村くん、かな」
思い切って言ってみた。私からすれば大変勇気の要る行為だったのだが、友人から返ってきたのは、あぁ、という気の抜けた返事だった。
「確かに、大地はお父さんみたいだもんね」
「お父さん…っていうか、包容力があるよね」
「そうそう、いい家庭築けそう」
「だよね!」共感してくれたことが嬉しくて、つい声が大きくなる。「背が高くて、格好いいし、後輩にね、いつも慕われててね、あと面倒見もいいし、何よりすっごく優しいし!」
いけない、喋りすぎた。
気付いた時には既に遅し。友人はポカンとした顔でこちらを見ていた。
「…なまえ、もしかして、ガチ?」
「ち、違う違う」
慌てて顔を横に振る。待って待って、今のは言葉のアヤなの!「や、違くて、なんか、ごめんね、変な空気になっちゃって」
前のめりになった体勢を元に戻すと、いやいやいや、と友人が顔を近付けた。
「何?あんたもしかして大地のこと好きなの?」
あぁ、もう、心臓が口から出てきそうだ。
「好きっていうか、そういうんじゃなくて」
「誤魔化すなよ」
「や、っていうか私と澤村くんて身長差20cmくらいあるし、全然恋愛対象として見られてないから」
否定しない態度を肯定と受け取ったのか、友人は、はあー!と感嘆の声を挙げて前髪をかきあげた。
「でも大地は年上好きって言ってたよ」
「う」
その言葉にダメージを受ける。
「あと巨乳好きだって」
「う」
さらに攻撃を受ける。この世に生を受けた時から、勝敗はついているというのか。
落ち込む私を見て友人は楽しそうに声を上げた。
「まぁ、いまのは想像だけど」
「はぁ?」自分でも間抜けな声が出た。「ちょっと、びっくりしたじゃん!適当なこと言わないでよ!」
「ごめんごめん」
「勘弁してよ…」
「まあ、でも確かに大地は大人っぽい人好きそうだよね。なまえはあんまりタイプじゃなさそう」
「いや、全然タイプだけど」
後ろから低い声が飛んできた。ドキリとして息が止まる。振り返ると、ジャージ姿の澤村大地がバツの悪そうな顔で立っていた。