第9章 若者よ、本能に忠実であれ(澤村大地)
「ほんっとに、私の彼氏は最高だわ…」
感慨深げな友人を見て、思わず苦笑した。
放課後の教室で、女2人きりのお喋り。
私と彼女は帰宅部だ。そんな顔しないでほしい。ちゃんと勉強も頑張ってるからさ。
毎日の学業の合間に、バイト、カラオケ、喫茶店、そして教室でのお喋り。
部活に明け暮れる日々も羨ましいけど、帰宅部にも帰宅部なりの楽しみがあり、青春を謳歌しているのだ。誰かにとやかく言われる筋合いはない。
「なまえも、彼氏作ればいいのに」
その言葉に苦笑する。できたらもう作ってるよ、と言いながら、同じクラスの彼のことを思い浮かべた。
そう、できたらもう作ってる。
「ま、なまえは彼氏の前に好きな人見つけなきゃいけないのか」
「そだね」
私はさらりと嘘をついた。本当の気持ちは、誰にも打ち明けたことがない。
「ねぇ、どんな人が好きなわけ?」
「どんな人って…うーん、優しい人、かな」
「そんなベタな…優しいだけの人には裏があるって、うちのママが言ってたよ」
「確かに、そうかも」
2人でくすくすと笑った。
女の子は現実的だ。
クラスの男子の名前を挙げては、あの人はイケメンだけど、将来苦労しそう、だとか、あいつは性格は悪いけどお金だけは稼ぎそう、だとか、妄想するのはとても楽しい。適当な男子の苗字と自分の名前をくっつけて、字面がしっくりこないだの、響きが悪いだの、とにかく好き勝手に言い合った。
「私は結婚するなら断然、スガだな」
得意気な友人に、へぇ、と相槌を打つ。あんた彼氏いるだろ、なんて野暮なツッコミは御法度なのである。「どんなところが良いの?」
「性格も良いし、成績も悪くない」
友人は人差し指を立ててみせた。「『キミを幸せにするよ』っていうよりもむしろ、『あー、俺、幸せだなぁ』みたいな」
「あはっ、言いそう」
菅原の色素の薄い髪の毛と瞳を思い出す。確かに彼はいつも笑顔で、幸せオーラが溢れでている。側にいるだけで、その幸せを分けてもらえそうだ。
「で、なまえはどうよ?」
「うん、いいと思うよ、菅原くん」
同意をしたつもりだったが、「そうじゃなくて、」と言い返された。「結婚するなら誰がいいと思う?」
え、と固まった。迷った振りをしてみせるが、自分の中では答えはとっくに決まっている。けれど、言っていいかどうか、迷う。