第8章 まず死体を転がせ(月島蛍)
テスト範囲の単語を半分ほど確認し終わったとき、なまえが荷物をまとめ始めた。
ヘッドホンをつけたまま、彼女のほうを見ると、ばいばい、と口を動かして手を振った。
僕はそれに頷き返すだけで、また視線をノートに戻した。
彼女が帰った教室は広く感じる。
もう残っている意味はないのだが、今帰っても白々しい。
別に一緒に帰りたいなんて思わないし、そんなこと言いたくもない。
時々、山口みたいになまえも勝手についてきてくれたらどんなに楽だろう、と考える。
自分から追いかけるなんて見っともない真似したくないから、いつまでたっても距離は縮まらないままだ。
文字を書く手元が暗くなってきた。窓の外の空は、もう紫色に染まっている。
ヘッドホンをはずして立ち上がり、教室の電気を点けた。ぱっ、と白くなる室内に、一瞬目が眩む。
自分の席に戻ろうとしたとき、ふと黒板が目に入った。
何度も書き消しを繰り返され、チョークの粉で白くなった黒板。
最後はずいぶん乱暴に消したのだろう、ところどころ掠れた文字が残っている。
彼女も案外雑なのだな、と少し幻滅した。
まあいいや、完璧な人間なんているわけないし。僕が綺麗にして恩を着せてやろう。
制服のポケットからスマホを取り出した。消す前の黒板の写真を証拠としてとっておくためだ。
こういうところが意地が悪い、と自分でも思う。
横向きに構えて、黒板全体が画面に収まるように後退りする。ピントの合わないぼやけた画面を叩くと、ピピッと無機質な音が鳴って、掠れた文字がクリアーに映った。
「……?」
何か違和感がある。
スマホを持つ手を下ろしかけたが、違和感の正体がわからない。
気のせいか、とまた構えなおして、ピントを合わせた。
なんだ?
ざわざわとした音が耳元でうるさく鳴った。
なんだ、この感じ
また腕をおろして直接黒板を見た。
消し残った文字たちが、星屑のように黒板いっぱいに散らばっている。
「I’m …… ?」