第8章 まず死体を転がせ(月島蛍)
並び替えクイズにも飽きたなまえは、今度はチョークの走る音を教室に響かせていた。放課後になると、彼女はよく黒板に向かって数学の問題を解く。
ノートじゃ狭すぎていらいらしちゃうの、と以前彼女は言っていた。ガリレオみたいでかっこいいでしょ、と。
正直それは自惚れだと思う。彼女の習慣を知ってて、わざと遅くまで残って勉強している僕も、同じくらいかっこ悪いのだけれど。
なまえは、今日は数学ではなく明日のテスト科目である英語の文章を書き連ねていた。
曰く、模試と違って定期テストは暗記だ。例文そのまま覚えれば楽勝、だそうだ。
背が届かなくて、一番上まで書けていない姿が、愛らしい。
柄にもなくそんなこと考えている自分に気が付いて、嫌気が差す。
確かになまえが好きだ。けれどだからと言ってどうこうしたいわけじゃない。
別に付き合いたいとも思わないし、気持ちを伝えるつもりもない。
特に自分から告白なんて絶対にしないと誓っている。
そんなことをしてしまったら、いよいよ負けを認めているみたいではないか。
付き合って “ください” なんて下手に出たら最後、今後ずっと主導権を握られることになるのだろう。そんなの御免だ。
はぁ、と溜息をついた。そういえば、自分の勉強は先程から進んでいない。
僕だって勉強しなければ追試になる可能性はある。別に構わないのだけれど、部活のメンバーがきっと黙っていないだろう。いい加減集中しよう。
首にかけていたヘッドホンを耳にあてて、単語帳を開いた。
真っ先にコラムが目に飛び込んできて、顔をしかめる。忌々しいコラムめ。
『 I love you. 以外の愛の言葉 』と題されたそれに目を通して、鼻で笑ってやった。
どの時代、どこの世界にも、好き好んで反吐が出るような台詞を吐く人っているものだな、と思った。
特に英語圏の人たちは直接的らしい。こんなこと言われるよりだったら、『月が綺麗ですね』くらいのほうが遥かにましである。
呆れながらページをめくった。