第8章 まず死体を転がせ(月島蛍)
「ところで、なまえはさっきから何やってるの」
僕は声を掛けた。今日はテスト前期間なのだが、彼女は筆箱も出さずに熱心に何かを読んでいる。
「これ?難しいんだよ、蛍もやってみて」
なまえが薄い冊子を見せてくる。クロスワードなんかが載っているパズル雑誌のようだ。ほら、ここ、と指で示すが、僕は、綺麗な爪だな、と関係ないことを考えた。
「並び替えクイズだよ」彼女は僕の前の席に移動してこちらを向いて座った。「私、どうも苦手みたいなの」
ページを覗き込む。巻末におまけとして載っているコーナーに、脈絡のない文字が並んでいた。
「なまえはコラムやおまけしか見ないんだね」
「まあね」
香水でもつけているのだろうか。甘い香りが鼻をついて、くらくらする。
「ね、蛍もやってみて」
そんなことより、少し距離が近いんじゃないの、
さっきから脚もぶつかってるんだけど。
言いたいことは山ほどあったが、自分ばかりが意識してるみたいなので、知らない振りをした。
促されるままに問題に目を通す。
①つ ぴ お ん く り
「オリンピック」
直感的に答えが浮かんだ。
口に出したあとに一文字ずつ目で追って、合っているか確認する。
「早っ。すごいね、蛍」驚きの混じった声が降ってきた。「じゃあ、次」
②え と お す じ つ こ あ た
「ジェットコースター」
「えっ」
彼女が考える前に答えられたのだろう。
優越感を抱いて、次の問題を見た。
③い ん こ か う さ そ ん
首を捻る。単語が浮かんでこなかった。
頭の中で文字をつなげて、入れ替えて、あぁ、と声を出した。
「冠婚葬祭」
その声は僕のものではなかった。
顔を上げると、なまえが嬉しそうに口元を手で覆っていた。
「今回は、私の勝ち」
「勝ちって…勝負じゃないんだから」
僕は気のない返事をしながらも内心悔しかった。
彼女が僕の顔を覗きこんでくる。何もかもお見通しですよ、と言いたげだった。
なまえの目には、僕の内側、いや、この教室を満たしている目にみえない存在感までも、見えてるんじゃないかと思う時がある。
机の下で触れ合ったままの脚に、自然と意識が向く。
あぁ、そうだね。認めるよ。僕は彼女が好きだ。
認めたくないけど。