第1章 12時48分(西谷夕)
気まずい。とにかく気まずかった。
パンの山の向こうに見える西谷はなまえをじっと見つめながらパンを頬張っているし、彼が大声をあげてからの一部始終を見ていたクラスメイトたちは、知らんぷりを決め込んで各々昼食をとっていた。
「あ、あのー西谷くん」
「!!なんすか?」
呼ばれたことが嬉しいのか、西谷の表情がぱぁっと輝く。
その姿はなまえが自宅で飼ってる犬や、放課後見かける近所の男子小学生と重なった。とりあえず悪い人ではなさそうなので、会話をすることにした。
「西谷くんってバレー部なんだってね。田中と仲いいの?」
「はい!龍はウィングスパイカーで、俺はリベロです!」
「そうなんだー。すごいねー、はは」
しまった。バレーのことなんてこれっぽっちもわからない。
「あとさ、私のこと昨日知ったってほんと?」
「はい!昨日の集会で見かけて、めちゃめちゃタイプだと思いました!」
照れた様子も見せない物言いに、なまえのほうが思わず赤面する。きっと、聞き耳を立てているクラスメイトも割と赤面しているだろう。
「なまえさんは、俺のこと知ってました?」
「え?あぁ、うん。一応、顔は知ってたよ。名前まではわかんなかったけど」
「まじすか!?」
「西谷くんって目立つからね...でもどこで見たんだっけ?廊下、集会、体育...?うーん、どこだったかな...」
なまえが初めて西谷を見たとき、とてもインパクトがあった気がする。けれどそれがいつどこの記憶なのか、中々思い出せなかった。なまえが考え込んでいる間にも、目の前のパンの山はどんどんへっていく。
「......きよこさん」
「!!」
なまえの言葉に西谷はピクリと動いた。
「思い出した。田中が放課後、『きよこさん、きよこさーん』ってはしゃいでた時!あの時一緒にいたの、西谷くんだよね?」
「おぉ!それ、多分俺っす!いやーなまえさんにみてもらえてたなんて嬉しいなー」
いやいやいや、嬉しいのかそれは。
っていうか、そもそもきよこさんって誰?
「潔子さんはなぁ、」
聞いてもいないのに西谷は胸を張って答えた。
「男子バレーボール部のマネージャーであり、そして俺たちの女神なんです!」
「...は、はぁ」
「潔子さんに手をだす男は絶対許しません!」