第1章 12時48分(西谷夕)
「どのパンが好きか聞くの忘れちゃったんで、片っ端から買ってきました!」
「...あ、ありがとー。でも私こんなに食べられない...」
「大丈夫っす!余ったら俺が食うんで!」
彼の屈託のない笑顔が眩しい。田中を見ると、随分穏やかな顔でこちらを見ている。こいつ、考えることを放棄したな。
「さ、なまえさん。食べましょ!」
西谷はずんずんと教室の中に入り、 なまえの前の席の机を、足で器用に動かし向かい合わせにした。そして両腕で抱えたパンの山をドサッと落とすと、「こっちっす!」と腕をぶんぶん振って呼んだ。
何もかもがてきぱきとしていて早い。そしてこちらの気持ちを置き去りにしている。
「んじゃ、みょうじ、俺はこれで」
そんな西谷の様子をみていた田中だったが、これまた少年のような笑顔で手を振ったので、なまえは驚いて縋りついた。
「ちょちょ、ちょっと!田中も一緒に食べるんじゃないの?」
「や、そんなわけないだろ。完全に俺邪魔物じゃねぇか 」
「うそうそうそ!じゃあ2人っきりってこと!?」
「じゃあな。こんどなんか奢るわ!」
頑張れよー、とさっさと自分のクラスへ戻っていく田中を、なまえは恨めしそうに見つめた。
こいつハナからこうするつもりだったな!私のこと気遣う気なんてゼロだったんだな!
「なまえさん?早く食べないと昼休み終わっちゃいますよ!」
いつの間にか背後に立っていた西谷がキラキラと笑った。しょうがない。今日一日だけの我慢だ。なまえはため息をついて自分の席に座ると、重なりあうパンの袋の中から適当に1つつまみ上げた。