第6章 十六歳、臍を噛む(孤爪研磨)
起き上がろうとしても、彼の両手はびくともしない。愕然とした。いつの間にこんなに力の差がついてしまったのだろう。レースのカーテンを取り付けたあの日から、二人は取っ組み合いの喧嘩をしなくなった。知らないうちに、力関係がひっくりかえっていたことを、今更ながら痛感する。
なまえを抑える2本の白い腕に、研磨がぐっと体重をかけてきた。顔の距離が縮まって、金色の髪の先が鼻先に当たった。
なまえ、と研磨は低い声で囁いた。
「…ダメ、かな」
その目はいつもなまえを困らせる目とは違った。月明かりの下で、獲物を狙うネコのような、猟奇的な瞳をしていた。
あぁ、この子は変わってしまった。大人になったのだ。
恐怖よりも、悲しみのほうが強くて、じわり、と視界が滲んだ。瞳の中であふれた涙は、表面張力を破って頬を伝っていった。
それを研磨はぼんやりと見つめていたが、やがてはっと目を大きく見開いたあと、顔を歪ませて俯いた。なかないで、と苦しそうにうめいた。
のしかかっていた重みがふっとなくなる。研磨はなまえの上体を起き上がらせて、なまえの肩に額を押し付けた。
「ごめんね、」彼の声が掠れていた。「こわがらせるつもりはなかったんだ」
なまえは黙って研磨を抱き締めた。男の子にしては華奢な肩が小さく震えている。
「俺、自分のことが自分でわからないよ。なまえのこと、すごく大切なのに、悲しませちゃった。今もこうやって泣いているなまえの顔を見て、どうしようもなくキスしたいって思ってるんだ」
「大丈夫だよ、研磨。私、研磨のこと嫌いにならないから」なまえは涙を流しながら答えた。
「ごめんね、ずっと子供扱いしてて。
ちゃんとこれから、男の子として研磨のこと見るからね」
私達はなんて不安定になってしまったんだろう。なまえは思った。もう1人で歩いて行ける年齢になったと思っていたのに、また昔と同じように、迷子になって泣きながら寄り添っている。
声を押し殺して泣く頼りない二人の周りを、密度の濃い闇がやさしく包み込んでいった。