第50章 死にたがり女子高生と変態男子高校生(及川徹)後編
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「砂浜なんてどこにもない」
薄暗くなった海岸沿いの道を歩きながら、及川徹がそう呟いた時、私は内心、いま気が付いたのか、と呆れてしまった。そろそろ夜になるから、死に場所でも探そうかと話していた時だった。
「どうしよなまえちゃん。ここ、岩場ばっかで砂浜がないや」
遊覧船から降りたあと、店先で焼かれる魚介類にいちいち反応しながら土産屋巡りを始めた彼に、嫌と言うほど引きずり回されていた私は「当たり前じゃないですか」とうんざりして言った。「海水浴場じゃないんですよ。野蒜辺りまで行かなきゃないです」
「じゃあ駅まで戻ろう」
「そこまでしなくていいですよ。あそこで十分です」
そう言って私が指差した場所は、木の裏に隠れるようにして海に出っ張っている小さな小さな船着場。文句を言われることを覚悟していたが、意外にも及川徹は「あぁ、良いね」と嬉しそうな声をあげた。
「すっごく良いね。忘れ去られた感じが良い」
彼の美的センスを1日で理解することは到底ムリだなと思った。太陽すら見えない夕方の曇り空の下、灰色がかった世界にぽつんと残されたその細く伸びるコンクリートの塊に向かって、2人並んで歩いて行った。
「満月も見えませんね」とほんの少しだけ紫がかった地平線を見ながら話しかけると「人生上手くいかないもんだ」と及川徹が笑った。「月は出ないし、ここからじゃ、海にダイブすることしかできないね。まるっきり予定と違う」
「別にいいですよ。美しく死ねなくったって」
船着場の先端に立って、夜の闇に染められていく海を眺めた。
月のない夜の海は、引きこまれそうで怖くなる。ただでさえ冷たかった潮風が、どんどん身体の熱を奪っていった。
どのぐらい深いのだろう。と爪先のすぐ先で広がる水面を見つめた。真っ暗で何が潜んでいるかわからない。ここから落ちたら多分、足がつかないだろうな。もしかして、この泥みたいに黒い夜の海の中へ沈んでいくのは、飛び降りよりも怖いんじゃないだろうか。
「………美しく死ぬなんて無理なんですよ」
自分自身に言い聞かせるように、独り言のように呟いた。「誰だって、死ぬ時はきっと傍から見ててみっともないんですよ。でも、苦しいのだけは嫌なんです」