第49章 死にたがり女子高生と変態男子高校生(及川徹)前編
「先輩は、周りからの期待や悪評に、押し潰されたりしないんですか?」
顔が熱くなるのを感じながら、距離をとろうと横にずれたら「そんなの気にするほうが時間の無駄だよ」と私の身体を挟むようにデッキの手すりに両手をつかれた。途端に逃げ場がなくなってしまう。
後ろは手すり。左右は腕。目の前には少し屈んだ彼の身体。
固まった私に「死ぬ前にやり残したこと、あるんじゃないの?」と聞いてくる。
「………ないです」
「あるデショ」
「ないです!」
「あるよ」
ぐい、と顔を近づけて、及川徹は私に言った。
「子供を産んだり、結婚をしたり、セックスしたりお酒を飲んだり。恋人を作ったり好きな人と手を繋いだり、ハグをしたりしてそれから、」
生まれて初めてのキスをしたり、
低く呟かれたその言葉の意味を理解したのと同時に、唇が優しく塞がれた。うるさかったエンジンと波の音が、一瞬にして世界から消えていく。
触れるだけの唇を離した後、及川徹は、見なよ、と広がる海を指差した。
「これが今夜、キミが沈む海だよ。世界中の海が全て繋がってるとしたら、今までいくつの命を飲み込んできたんだろうね」
潮風で乱れた前髪を直そうともせずそう呟いて、何も言えずに黙っている私に笑いかけた。
船が大きく揺れて、自分の体重が彼に傾く。
それを受け止めるように、背中に手が回されて、今度は噛み付くように唇を奪われた。
足元から心臓に響いてくるエンジンの音と、波の音と、
割って入ってくる熱い感触に、どうしたらいいかわからずに、海へ視線を泳がせた。
されるがままにされたまま、急カーブの後の、船から伸びる大きく弧を描いた波がとても綺麗だなと考えていた。
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