第49章 死にたがり女子高生と変態男子高校生(及川徹)前編
「いつもこんなことしてるんですか?」
アパレルショップを出てエレベーターを待ちながら、私は及川徹に尋ねた。背後の彼を振り返ると、丁寧にブローしてもらった自分の髪が揺れて甘い整髪料の香りが漂った。
黒いワンピースを着る代わりに、私が家から着てきた衣服を詰めたショップバッグ。その中を覗きこんでいた及川徹は、「何のこと?」と顔を上げた。
「支払いを尽く踏み倒そうとしていることですよ……っていうか、何してんですか」
「いやぁ、なんかなまえちゃんの私服からいい匂いするなーって思って」
「やめてください」
急いでショップバッグをひったくると、けちー、と及川徹が口を尖らせた。いよいよ自分の身にも危険が迫っているのではと思い始めたので、苦し紛れに「ほんとに女の子が好きなんですね」と皮肉を言えば「女の子はみんな好きだよ」とけろりと返事が返ってくる。
「可愛い子はもっと好き。俺のことを好きになってくれる子は、もっともっと好き」
「お金を返す気がないってバレたら、流石にみんな怒りますよ」
「ちゃんと返すよ。次に会った時に」
「そうなんですか?」
「うん。でもあぁいう女の人たちってさ、返さなくていいよって言うんだよね。また次会う時に返してねって。そうしていつか何も言ってこなくなる」
チン、と上品な音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。奥に埋め込まれた鏡に、黒いワンピースを着た自分と、その後ろに立つ及川徹の姿が映る。
「いま恋人は何人いるんですか?」
乗り込みながら尋ねると、誰もいないよ、と彼は答えた。
「なまえちゃん、俺の彼女になってくれる?」
なりません。
そう言う代わりに「次はどこへ連れてくつもりなんですか」と尋ねた。
「んんー、次は下着屋さんかな」
「し、下着!?」
「一番大事でしょ?死んだら誰に見られるかわかんないんだから」
知ってた?戦国武将も戦に行くときは、無理して綺麗なフンドシ締めたりしてたんだよっ、と爽やかに笑う彼に「私、武士じゃないです!」と思わず叫んだ。「そこまでしなくていいですから!」
「なんなのなまえちゃん。今夜散る命に対して、ちょっと失礼なんじゃないの」
2階のボタンを押しながら真面目に怒る彼を見て、あぁそうか、この人は全部が全部本気なのか、と気付いてしまった私がいた。