第49章 死にたがり女子高生と変態男子高校生(及川徹)前編
高校に入学してからひと月半。その短い間にも、及川徹にまつわる噂はたくさん耳に入ってきていた。多くはバレー部主将の言わずと知れたイケメン、という彼の表の顔のお話だけれど、時々悪い噂も耳にする。詳しくはとても私の口からは言えないが、彼の裏の顔を要約するとどうやら以下の通りらしい。
プレイボーイな女キラー。移り気で、手癖の悪い浮気性。
「うん、俺の思った通り!すっごくよく似合ってる!」
試着室のカーテンを開けた私を見て、及川徹はにっこり笑った。「別人みたいに可愛いね、一瞬隣のカーテンと間違えたかと思ったよ!」と大袈裟に褒められるが、騙されるんじゃない、と自分で自身に言い聞かせた。
“及川徹被害者の会”なるものが存在すると謳われるほどの男だぞ。こいつの褒め言葉は、全て嘘だと思わなきゃ。
「徹クン、この子、徹クンの彼女さん?」
「違うよミカさん、この子は同じ学校の後輩ちゃん」
現に彼は私が着替えている間に、ショップ店員のお姉さんと名前で呼び合う仲になっていた。そーなんだー、とつけまつげを揺らして私をじろじろ見ている店員さんの、腰辺りを軽く撫でて及川徹は何かを耳に囁いた。途端に頬を染めた彼女は「やだ徹クン、まだお昼前だよ」と肘でつつき返している。なんなんだこれ。カーテン閉めてもいいですか。
「でも黒いワンピって正直どうなの?5月にしては重くない?」
うちじゃ全然売れてない服だよ、と私を見やる店員ミカさん。そうですよね、と仏頂面で頷く私に、このブラックワンピースを選んだ男は「もー、わかってないなぁ!」と1人両手を広げて呆れてみせた。
「黒は女を美しくする色でしょ?そして、赤は魅力的な大人の色」
そう言って、赤いカットソーを着ていた店員さんの肩を抱いた。「ね、ミカさん、今度俺に大人のアソビ教えてよ」
「ちょっと徹クン、後輩ちゃんが見てるんですケド」
「俺は気にしないよ。ねぇミカさん、この洋服代、今度返すから建て替えといてくれませんか」
「なぁにそれ、私に奢らせて、次会うための口実にするってわけ?」
「そういうことにしといてよ。これ、俺の連絡先です」
店員さんに小さなメモを渡すついでに手まで握った及川徹は、真剣な瞳で彼女を見つめている。美容室でも、靴屋でも見た同じ光景の繰り返しに、私は心の中で新たな被害者に合掌をした。