第1章 12時48分(西谷夕)
この人は他人との適切な距離感と適切な声量をつかむのが下手なのだろうか。
隣のクラスにまで聞こえるのではないかというほどの大声で、まっすぐ自分の目を見て、こともあろうに第一声でご飯の誘いをしてきた。
「ばか、ノヤっさん!そんな大声出したらなまえが怖がるだろ!...ごめんなみょうじ。こいつこんなんだけど、めちゃめちゃいい奴だから...」
「よろしくお願いします!」
田中は西谷の大声に慣れているのだろう。すかさずフォローに入るが、なまえは突然の大音量に心臓がバクバクいっていた。
「...あのー、えっと...つまり」
やっとのことで声を出す。状況が理解できない。
「飯、一緒に食べましょう。」
今度は普通の声の大きさで、ニカッと笑って言ってくれた。
「あ、あぁご飯ね、ご飯。別にいいよ。今から購買に行こうと思ってて...」
「購買!?ってことは急がないと売り切れちゃうじゃねぇか!俺、買ってくる!」
言い終わる前に西谷は駆け出していた。
「あ、ちょっと!」
なまえが声をあげた頃には姿が見えなくなっていた。
嵐のような人だ...
無言で立ち尽くすなまえに、田中も気まずそうにしている。きっとここまで暴走するとは思ってなかったのだろう。
「...みょうじ、良いっていってたけど、大丈夫か?」
「...びっくりしちゃって思わず良いよっていっちゃったけど、今ちょっとこわいかも」
「だよなぁ...」
申し訳なさそうに田中が頭を掻いた。
「でも、田中の友達ならいい人なんだと思うよ。」
なまえは田中に気を遣って笑いかけた。正直、かなりひきつっていたと思うが。
「悪いな。ノヤっさん、昨日の全校集会でみょうじのこと見かけて気に入ったらしくてさ、俺が去年同じクラスだったこと教えたら紹介しろって五月蝿くて」
「えっ、昨日の今日であれなの...?」
「もし嫌だったら、あいつが戻る前に言ってな?俺の方から断っとくから...」
「なまえさん!買ってきました!!」
「早!そして多い!」
信じられないスピードで戻ってきた西谷の腕の中には、溢れんばかりのパンが抱えられていた。