第46章 2万5000分の1のキミへ(月島蛍)
「気付いたら、こうだったの」
止めどなく降ってくる落ち葉を眺めながら、なまえが言った。「生まれつきなのかな。小学校くらいまでは、みんな私と同じだと思ってた」
「同じなわけ、ないでしょ」
「うん。ある日友達にね、『あなたの名前、苺味のキャンディだね』って言ったら、すごく変な顔をされたの。その時、あっ、これは言っちゃダメなことなんだ、って、初めて気付いた」
「つらかった?」
「ん?」
「文字から味がするって、混乱しそう」
そう言うと、うーん、となまえは首を傾げた。
「私にとっては、これが普通だからわからないや。それに、流し読み程度じゃそんなはっきり味はしないの。結構リラックスして集中しないと感じないから」
「そうなんだ」
「でもその代わり、英単語は覚えやすいよ。味覚と視覚が結び付けられるから」
「古文が得意なのも、関係あるの?」
「あるかもね。ただ、漢文。あれはダメだね。角ばってるのが悪いのかな。意識しなくても味がしちゃうの」
なんか、ドギツイんだよね。舌の上がピリッとしちゃう。
あはは、となまえが笑った。初めて彼女の笑顔を見た気がした。
「面白そうだね。って言ったら、怒る?」
「怒らないよ。私のこと、気付いてくれたの月島くんが初めてだから」
ありがとう、と小さな声と共に、2人の視線が合わさった。
「……どんな味なの?」
「ん?」
「その本。どんな味がするの?」
彼女がいつも読んでいる、百人一首を指さした。
「知りたい?」
「少しね」
薄く笑った月島に、なまえは「1文字1文字も味を感じるんだけどね、」と本を開いて身体を寄せた。「他の文字と組み合わさると、単語や文節でまとまった1つの味がするの」
そう言って、綺麗な指が和歌の上を滑っていった。
「これはね、瓶詰めのこんぺいとうと同じ味」
耳元で彼女が囁いて、本のページをめくる。
「甘い紅茶の、最後の一口」
「味付けを失敗した時の魚の煮付け」
「天国に行っちゃった私のおばあちゃんの、カルメ焼きの味」
1つ1つ説明するなまえの声を聞きながら、月島はその指先を目で辿っていった。