第45章 11.17 HAPPY BIRTHDAY!!(黒尾鉄朗)
その日の夕方
「黒尾ー。頼むから早く着替えてくれ。帰りたいんだよー、俺はー」
片手で鍵をくるくる回しながら、未だジャージ姿の黒尾を急かした。おー、と力のない返事は返ってくるけれど、部室の隅っこで体育座りを続ける背中は動く気配がない。既に帰る準備を整えている俺は、閉じられた部室のドアの前に立って小さく足踏みをした。
放課後の練習が始まった時から、黒尾はずっとあんな感じだ。というか今日は1日中あんな感じだ。朝のハッピーな姿はどこへやら。どん底に突き落とされたような表情の主将には触らぬほうが得策と、部員達は全員そそくさと帰ってしまった。この状況を打開できるのは研磨だけかと思っていたが「恋愛事が絡んだクロは面倒くさい」と一番先に部室のドアをくぐって行った。薄情者、と誰にも聞こえないように呟いた。
幸か不幸か、部室に残っているのは鍵当番の俺だけだ。丸められた大きな背中に、なぁ、と声をかけた。
「もらえなかったもんはしょうがないだろ。元気出せよ」
「…………」
「お前だって、みょうじの誕生日に何もあげてないんだから、おあいこなんじゃねえの?」
「もうそこは気にしてねぇよ」
はあぁ〜っ、と意気地のない音が聞こえた。「なんか、格好悪ぃよなぁ、俺」
なんだ、トイレの前でテンパったことの方を引きずってるのか。
無理もない、と前を見ながら考えた。ポーカーフェイスだとか、策略家だとか、とにかく人を欺くことに長けている黒尾でも、なまえを目の前にした時の慌て振りは相当なものだ。冷静さを失った自分が、情けないんだろうな。
うーん、と喉の奥で唸って、俺はドアノブに手を掛けた。
なんて声をかけたらいいかわからない。手持ち無沙汰から部室のドアを開けたり閉めたりした。右手を前に押し出して、手前に引く動作を繰り返すと、バタンバタンとやかましい音が部室に響く。一定間隔でドアに視界を遮られて、外を照らすオレンジ色の夕陽が見え隠れした。
コイツが落ち込んでるのは、半分は俺のせいなのかな。
点滅する夕陽を視界の端に感じたまま、頭の中で考えた。
もしかして、余計なお世話だったのかな。
なまえのプレゼントを黒尾の元に届けたくて、協力してたつもりだったけど。
2人のペースを引っ掻き回してただけだったのかな。