第5章 錠と自由(西谷夕)
今度こそ落ちる。そう思ってもボールは何度でも上がった。彼の手でボールが宙に浮くたび、会場が沸きあがる。
その歓声と高揚は、なまえにも覚えがあった。
なまえは小学生の頃からダンスを続けている。別に踊ることが好きなのではない。本番というものが好きなのだ。観客の度肝を抜いて、場の空気をかっさらう。プレッシャーをはねのけ、ステージに立ってパフォーマンスをする。観客の予想を裏切ったとき、割れんばかりの拍手と、どよめきや歓声が、暗闇の中から沸き上がってくる。
同じような興奮と快感が、今なまえの中で渦巻いていた。
「...すごい」
鳥肌が立った。なまえは来る途中のバスの中で調べたスマホの画面を思い出していた。
リベロは他の選手と異なる色のユニフォームを着用する。サーブを打つことは禁止。ネットより高い位置にあるボールをアタックすることは禁止。ブロックの試みも禁止ーーーー
読んだとき、なんて窮屈なんだ、と思った。西谷は思いっきり跳ね回っている姿が似合っているのに、こんな制約でがんじがらめにされるポジションなんて、やっぱり彼には向いていないのでは、と。
しかし試合中の西谷に、そんな様子は微塵も感じられなかった。
誰よりも速くボールに反応する。誰よりも低く、誰よりも静かに、時には自分の身を投げ出して、時には地面に根を生やして、しなやかな動きでボールを拾いに行く。
まるで普段の騒がしい彼とは真逆だ。彼の冷静で確実なプレーが、ここまで会場を沸かせるのか。
なまえは息苦しさに似たようなものを感じた。ラリーはまだ続いている。落ちないで、落ちないで。
西谷がまたボールを上げた。宙を舞い、セッターの手の中へ。再び上空に放り投げられたそのボールはスパイカーによって地面に叩きつけられた。
「よし!!!」
なまえは無意識のうちに叫んでいる自分に気
が付いた。烏野に得点が入り、身体全体を使って喜びを表す西谷を、食い入るように見つめていた自分にも。
リベロ、リベロ。
確認するように頭の中で繰り返す。心臓がドキドキと高鳴っていた。
後衛の選手と、試合中何度でも交代することができる。そこから生まれたリベロという言葉。イタリア語。意味はーーー
「自由...」
呟いた自分の声さえ、周りの喧騒に掻き消されて耳には届かなかった。