第44章 惚れてしまえばあばたもえくぼ(灰羽リエーフ)
「リエーフって、孤独を感じたこと、ある?」
月を見たまま尋ねると、『孤独!』と電話の向こうで嬉しそうな声がした。
『せんぱぁい、孤独なんて難しいこと考えてる人、俺初めて見ました』
「そんなことないよ。自分が世界で独りぼっちだって思ったこと、ないの?」
私の質問に、リエーフは少し考えたあと、あります。とポツリと言った。
『一度だけ。吹雪の中で』
「吹雪の中?」
『はい。風が強く吹いていて、雪がバシバシ顔に当たるんです』
「へえ、」
『寒いというより痛くて、息ができなくて、目も開けられなくて。開けたとしても、目の前真っ白で伸ばした自分の手の先すらも見えなくて。近くに人がいるはずなのに、何も見えない声もしない。叫んでも、全部風の音で掻き消される』
「それは、怖いね」
はい。怖かったです、とリエーフが言った。
『あれが”孤独感”ってヤツなんだろうなって思います。まっ、でもその時は、あー、俺独りぼっちだなぁ、なんて考えられないですよ?生きて帰るのに必死でしたもん』
「ロシアでそんな目にあったの?」
『まさか!長野のスキー場です』
「スキー場!」
あはっ!と笑い声が出た。どこで急死に一生を得たのかと思ったらまさかの日本。面白すぎるよリエーフ。
『だって先輩!経験したことあります?一番頂上まで行きたくて、上級者用の超ハードコースに行ったら一面吹雪ですよ!?真っ白で何も見えないのに、急斜面から転んだ人の足がたくさん生えてるんです!地獄絵図ですよ!』
「地獄絵図……!」
単語のチョイスに噴きだした。笑いがみるみる深くなる。小刻みに呼吸をしてたら、あひっ、と変な声が出てまた笑ってしまう。身体が勝手に痙攣してしまって、息が苦しくなってきた。
『ふもとまで滑り終えた時、マジで泣きました。よかった〜生きて帰れた〜、って』
「そんな…大袈裟な……だめ、ツボにハマっちゃった……長野って……」
『いや、長野はどうでもいいんですよ』
リエーフにとっては面白くもなんともないんだと思う。実際私も何が面白いのかわからないけれど、何故か無性に笑えてしかたがなかった。190cm超えロシア人ハーフが!スキー場で!泣いてる!
真っ暗な部屋のベッドの上で、ひいひい言って笑っていたら、自分の感じてた孤独なんてずいぶんちゃちなもののように思えてしまった。