第43章 魚は宙に浮かんだままで(山口忠)
なまえが月島への気持ちを伝えるために自分を利用したことは、賢明なことだと山口は考えていた。月島の好みのタイプを聞いてくる女子は今までにたくさんいたし、告白の協力を頼まれることも何度もあった。だから知っていた。月島は山口を介して頼まれなければ呼び出しの場所には来ないことを。ラブレターも、メールも、直接女子が頼んだって、月島はその場所に来ないのだ。理由は知らないけれど。
「山口、手、握っていい?」
「うん?」
突然の言葉の意味がわからずに曖昧な返事をしたら、右手がそっと握られた。自分の体温よりずっと冷たい指先に、思わず力を込めて握り返す。
「あー、いい、それ」
なまえが今日初めて笑った。「ぎゅってしてもらうと、ちょっと安心する」
「うん。そうだよね」
「ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」
「いいよ。俺は、」
続く言葉は心の奥に押し込めた。
俺は、なまえと話せるだけで楽しかったから。
この状況でそんなこと言っても、なまえを困らせてしまうだけだ。
空いた左手をポケットに入れてみる。しゃがんだ状態で窮屈だったけれど、指先がカサリとしたものに触れた。
今日クラスの女子から、月島にあげるついでに、ともらったミルキー。舌の上で転がしながら、その包み紙に印刷されたマスコットキャラクターの顔の数を数えてみたけど彼女のラッキーナンバーの9じゃなかった。というか10個だった。またしても自分に向けられた幸運の兆しに、俺じゃ意味ないんだよ、と独りで溜め息を吐いたのは昼休みのことだ。