第5章 錠と自由(西谷夕)
「じゃあ午後から来い!一回戦勝って、午後の試合も出るから、来いよな」
西谷はなまえの返事も待たずに体育館のほうへ駆け出していた。
「おい、ちょっと!」
なまえは呼び止めた。その声は届かなかったのか、西谷は後ろに向かって「いいか、ぜってー来いよ!」と叫びながら、あっという間に走り去ってしまった。
「...なによ、あいつ」
なまえは少し憤慨した。こっちの都合も少しは考えろっての!
しかも、ダンスのステージやバンドの演奏ならともかく、バレー部の試合って...
「見てて楽しいのかな...」
なまえは迷いながら昇降口へ歩いていった。どうせあの西谷のことだ。今日の部活の練習が終わる頃にはあたしを誘ったことなんて忘れるに決まってる。
めんどくさいしな、行くのやめようかな。
自分の靴棚からローファーを出して、足を入れた。爪先をトントン、と軽く地面に打ち付けて歩き出す。
決めた。行かない。
一歩目を踏み出すと同時に決断した。
明日、あたしは塾に行って、家に帰るんだ。そもそも仙台市体育館なんて遠すぎるよ。 しかも一人で応援ってはたから見て惨めだし。
あれこれと理由を並べて尤もな言い訳を探していく。
よし行かない。絶対行かないぞ、絶対に...
「...来てしまった」
青空の下、仙台市体育館を見上げてなまえはため息をついた。片道一時間半。バスと電車を乗り継ぎ、わざわざ来てしまった。
...西谷もずるいよ、あたしがこういうの断れない性格って知っててさ...
がっくりと項垂れる。まあしかし、来てしまったものはしょうがない、気は進まなかったが、正面のドアをくぐった。
席はさほど埋まっていなかった。ご家族らしき人たちと、他校の選手たちが座っているだけだ。
なまえは適当に近くの席に座ったが、なんとなく居心地が悪い。バレーのルールも、応援のしかたも曖昧にしかわからない。
キョロキョロしていたところに、ホイッスルの音がなった。
「「「お願いします!」」」
ちょうど烏野高校の試合が始まるところだった。
整列した中に西谷を見つける。一人だけユニフォームが違う彼は、よく目立っていて見つけやすかった。