第5章 錠と自由(西谷夕)
「ちょっとだけだって。手の振り付けだけでいいから!」
西谷も負けじと食い下がる。
「何その頼み方、ナンパかよ」なまえは鼻で笑って「しょうがないなぁ、」と脱力すべく両腕を軽く振った。こんな口調だが褒められて嬉しいのだろう。緩んだ口元を隠しきれていない。
「...こんな感じ、かな」
言いながら両手を動かした。
手首にスナップをきかせながら、腕を巻き上げる。
高速で1度だけ上がり、下がる。
それを見て西谷の顔がぱあっと輝く。
「なんだそれ!どうなってんだ!」
「基本動作だよ。トゥエルっていう技」
なまえはやはり恥ずかしいのか、照れたようにはにかんだ。
「もっかいやってくれ!!」
リクエストに応えて右手だけ同じ動作をしてみせる。
始めて見る西谷には適当に腕を振り回してるようにしか見えない。
「もっとゆっくり!俺にも教えてくれ!」
「もー、だから嫌だったんだよ」なまえは大きな口を開けて笑った。「また今度、暇なときにな」
二人は並んで歩き出した。西谷は部活の、なまえはダンスのレッスンの時間が迫っていた。
「ロックダンスかぁ」西谷は目を輝かせている。「なまえは背が高いから、似合うだろうな、ダンス」
「ありがと。夕も運動神経いいから、きっと踊ったらキレッキレだろうね。絶対格好いいよ!」
「ま、俺はバレーひとすじだけどな!」
西谷は腕を組んだ。その姿も、なまえには眩しく映る。
「そういえば夕ってレギュラーって聞いたけど...よくそんな身長でできるね。バレー。」
なまえは悪気なく彼の頭から爪先まで見下ろした。
「おう!リベロだからな!」
西谷も気にする様子もなくそれに返す。
「リベロ?...ごめん、あたしバレーあんまり詳しくなくって」
「リベロは一人だけユニフォームが違う選手だ。ブロックもしないし、ジャンプしてスパイク打ったりもしない。守備専門。」
うーん、となまえは首をひねった。
「なんか、ピンとこないな。夕の割に地味っていうか、なんというか...」
「あ?」西谷の眉がピクリと動いた。「俺が試合してるとこみればそんなこと言えなくなるぜ」
「いや、見る機会ないし」
「じゃあ、明日から大会が始まるから、見に来いよ。仙台市体育館!」
「無理無理、明日は午前中、塾があるから」