第40章 さよなら私。ごめんね、私。(影山飛雄)
「来たっ……」
2階にある、私の部屋から見下ろす道路。
6時ちょっと過ぎに遠くからやってくる、黒い影。
薄暗い部屋の中で、息を潜めて、
細い細いカーテンの隙間から、それに目を凝らす。
同じクラスの影山飛雄。
最近隣の席になれた。
少しだけ、会話が続くようになった。
ポケットに両手を突っ込んでズンズンと歩く彼は、傍からみれば怒ってるみたいだ。けど、これがいつもの影山飛雄。
家の前のちょうど正面に来た時、彼が欠伸をした。
朝日に照らされた眠そうな顔。
それだけで、心臓が速くなる。
あぁ、こっち見てくれないかな。でもバレたらマズイか。カーテンから覗く変態女なんて、きっと怖いだろうな。
私に見られてることなんて露知らず、彼はそのまま視界の外へと過ぎ去ってしまう。窓に顔をくっつけて、その姿が見えなくなるギリギリまで見送ると、緊張が一気に解けてばたりとベッドに倒れこむ。
これが私の日課だ。これで1日頑張れる。いや、むしろこれで今日は終わったも同然だ。
いつも教室でギャーギャー騒いでる私がこんなことしてるなんて、誰にも言えない。
のろのろと起き上がって、身支度のために鏡の前に座って、髪の長さを確認した。これも私の日課だ。
胸元まで伸びた長い髪は、私を守る盾である。お世辞にも小顔とは呼べない顔のラインと、偽物の二重を覆い隠してくれる、明るい茶色に染めた私の盾。
毎日欠かさずトリートメントをして、ドライヤーで乾かして、櫛を通して、ヘアーアイロンで軽く巻いて、そうしてようやく他の女の子たちの中に紛れることができる、私の髪。
意味もなく指でとかしながら、昨日の休み時間に聞こえた会話を思い返した。