第38章 勇気一つを友にして(日向翔陽)
「あ!先輩!!」
公園の前を通りがかった時、日向が急に足を止めてブランコの方を指差した。
「蝉が鳴いてますよ!!」
そう言って走って行ってしまう。ちょうどすれ違った犬を連れたおばさんが、不思議そうに日向を見ていた。違うんです、別に私たちは蝉好きな人間という訳ではないんですよ。なんて苦笑だけを返して、なまえも日向の後を追いかけた。
彼はブランコの後ろに立つ、大きな木を見上げていた。
「さっきと鳴き声が違いますね」
上を見たまま、日向が言った。「種類が違うのかな」
その言葉に、なまえも耳を澄ました。カナカナカナ・・・と鳴いているこれはなんていう種類だろうか。昼間よりもぐっと気温の下がった夕方の空気が、火照った身体を冷やしていく。
「不思議だよなぁ。なんで種類が違うと鳴く時間も違うんだ??」
「他の種類と混じっちゃったら、わけわかんなくなるからじゃない?」
「でも、『俺たちはこの時間に鳴くんだ!』って、生まれた時から知ってるってことですよね?誰かが決めたわけじゃないのに」
「さあねぇ。神様が決めたんじゃない?」
「神様かぁ……」
適当に言ったなまえの台詞に、日向は少しだけ首を捻った。目線だけを斜め上に向けて、何か考えている様子だった。
「じゃあ、俺がなまえ先輩のことを好きになったのも、神様が決めたのかなぁ」
「えっ?」
「昨日って、何の日か知ってますか?」
「昨日?」
突然切り替わる話題に、なまえは目をパチパチと瞬かせた。昨日なんて何か特別な日だっただろうか。というよりも、今この子はとんでもない爆弾発言をしたんじゃないだろうか。
「昨日は、俺の妹の誕生日だったんです!」
ジャンプをしながら笑う日向に、へえ、そう……なんて言葉しか出てこなかった。いや、待って、日向くんよ。今私のこと好きって言った?ねぇ、好きな食べ物言うみたいにサラッと流してるけどさ、私それ初耳だったんですけど。
混乱するなまえを他所に、日向はニコニコと笑っている。