第38章 勇気一つを友にして(日向翔陽)
“むかーし ぎりしゃーのー いかろーすーはー”
「何ですか、その曲」
「え?」
月島に尋ねられて、自分が無意識に歌を口ずさんでいたことに気が付いた。部活終わりの、みんなで歩いていた帰り道のことだった。
「知らない?この歌。小学校の音楽の授業で習った気がするんだけど」
そう言って次のフレーズも口ずさむと、月島は「記憶にないです」と顔をしかめた。
「じゃあ私と月島の学校は、違う教科書だったのかな」
「世代が違うからじゃないですかぁ?」
「失礼な。1学年しか違わないっつーの!!」
月島の腕に軽くパンチをしたら、前方で影山と話していた日向が振り返った。その視線にチリッと肌が焦がされた気がして、慌てて目線を月島に戻す。わざと気付かないフリをしていたら、日向はまた前を向いて影山と話し始めた。
「その曲は初めて聞きましたけど、イカロスの話なら知ってますよ」
ギリシャ神話ですよね?と月島の声が降ってくる。
「確か、蝋燭の"ろう"で、翼を作って空を飛んだんでしたっけ」
「うん。太陽に向かって飛んだ」
なまえは喋りながら、目の前を歩いている日向を見ていた。
「そして高く飛びすぎて、太陽の熱で翼が溶けて海に落ちて死んだ」
間抜けですね、と正面を向いたまま、月島が言った。
「普通気付きますよね。溶けるって」
「というかまず、素材を選んだ時点で間違ってたよね」
「もっと言うと、ろうで飛べるわけなんてないですけどね」
「そこは突っ込んじゃダメ!」
明るく言って笑い飛ばすと、じゃあ、僕こっちなんで、と月島が右手を上げて背を向けた。お疲れ様です!と山口も挨拶をして月島を追いかける。
「うん、お疲れ」
そう言って2人に手を振った。
みんなで歩く帰り道。
校門を出た時は、確かに煩い集団だったのに、1人、また1人と道が分かれていって、最後はいつもなまえと日向が残る。
この時間だけが、2人きりになる唯一の時間だった。