第37章 天然フェニルエチルアミン(花巻貴大)
花巻貴大の家に行く途中、最悪なことが2つ起こった。
1つは、私と彼の家とを結ぶ中間地点にある踏切を渡る前に、またもや遮断機が降りたこと。
もう1つは、その踏切の向こう側に貴大が立っていたこと。
終電の時間が迫る夜空の下、私達は線路を挟んで向き合っていた。
ファンファンファン、という上擦った警報だけが鳴り響いている。
お互い遮断機のバーをくぐろうとしないまま、私達は無言で見つめあっていた。
何見てんだよ、
彼の切れ長の目が、無言の喧嘩を売ってくる。
そっちこそ、
と私も目線だけで返事をする。お前がこの踏切を渡るのは私の家に用事がある時だけだろう。何の用だ。っつーか何か喋ろよ、何黙ってにやけてんだよ。
私の訴えがどこまで伝わったか分からないけれど、彼はやがて視線を逸らして屈伸を始めた。
長い足を折って、膝を伸ばして、それから上体を逸らし気味に腰を回している。
それを黙って見ていると、彼は見えないバットを握って素振りの真似をし始めた。左足を軸にして、勢いよく両手を振るう。
どこの小学生だよ、と思わず笑いそうになったけれど、ここで笑ったら私の負けだ。ぐっと唇を引き締めて、私は視線を彼から逸らした。
ねえ、花巻貴大よ。知っているかい?
点滅する赤信号を見ながら、心の中で問いかける。
私達は今年でもう18になるんだ。堂々とAVも借りれるし車の免許もとれる。
私とお前の腐れ縁の、諸悪の根源であるみいちゃんは、隣町の高校で知らない男とデキちゃって学校を中退したんだぞ。
踏切の向こうで、貴大の影が固まった。見ると、彼は横向きに足を開いて、私の頭上に向けて右手を突きだしていた。打席に入ったバッターがホームラン予告をするみたいに、見えないバットの先をセンター方向に向けている。
月夜に照らされたそのクソ真面目な表情に、とうとう耐えきれず噴き出してしまった。
わかったよ。お前の挑発に乗ってやるよ。
私はピッチャーの真似をして、両手でボールを構えるフリをした。盗塁を牽制して振り返ったり、見えないキャッチャーのサインに首を振ったりして時間を稼いでいたら、早くしろよ、なんて笑いを堪えた彼の肩が静かに震え始める。その様子に満足してから、私は透明なボールを彼に放った。