第37章 天然フェニルエチルアミン(花巻貴大)
「どうしようかなぁ……」
私は大きな溜息を吐いて学校を出た。貴大との関係に悩んでいるのではない。私が悩んでいるのは進路のことだ。結局進路希望調査の紙は、まんま貴大のをパクった状態で提出してきた。他人の真似事してるだけじゃダメだってことくらい、私もわかっている。だけど、勉強したいものがないのだ。しょうがないじゃないか。
勉強は夢を叶えるためにあるなんて大人は言うけれど、肝心の夢がなければ元も子もない。今を生きるので精一杯なのに、未来のことなんてバカな私には考えられない。
長い坂道を下って、商店街を抜けて真っ直ぐ歩く。
焼肉屋さんを曲がったところで聞こえてきた、ファンファンファン、という音に、あぁ、運がない。とまた溜息が出る。
私の家と貴大の家の中間にある踏切。ここは一度遮断機が降りたら、次に通行可能になるまで10分はかかる。
黄色と黒の縞模様のバーの前に立って、点滅する赤信号をぼんやりと眺めた。
その間にも、待ち切れない通行人が勝手にバーをくぐって渡っていく。それを横目で見ながら鞄からスマホを取り出した。
『渡るんじゃねぇよ』
中学生の頃、周りに流されて遮断機のバーをくぐろうとした私の腕を、貴大が掴んだことがあった。
『渡っていいのは、電車に轢かれて死んでも悲しんでくれる人がいない寂しい人間だけだ』
それは彼が幼い頃、母親に教わった言葉だった。
あの日以降、私は遮断機の降りた踏切を渡るのをやめた。
“死んでも悲しんでくれる人がいない寂しい人間”
スマホから目線を外して、足早に線路を渡る人達を眺める。
いつの頃からか、踏切の前に立つ度に考えるようになった。
私が死んだら誰が悲しんでくれるだろうか。
そしていつも一番先に頭に浮かぶのは、家族じゃなくて、あの変な髪色の変な前髪。
アイツも、踏切の前で私のことを思い出してくれているだろうか。
こんなことを考えてるって知ったら、私の父親は泣いてしまうだろうか。
電車が悲鳴を上げて通り過ぎた。レールが軋んで、巻き起こる風が前髪を揺らした。
轟音が去った後、ゆっくり目を閉じた。
今を生きるので精一杯なのに、未来のことなんてバカな私には考えられない。