第37章 天然フェニルエチルアミン(花巻貴大)
ヒステリックに叫ぶと、しょうがねぇなぁ、と彼は左手で私にもう1粒チョコレートを握らせた。
「次の模試までには決めとけよ。クソ野郎が」
そして空いている右手で私の頭をギチギチと鷲掴む。
優しいんだか乱暴なんだか、よくわからないこの男。
こいつと私の関係を世間一般の常識に当てはめるとしたら、たぶん恋人同士と呼ぶのだろう。
だけど何故お互いを好きになったのかと聞かれたら、私たちは答えることができない。
*
小学校時代、花巻貴大は背が高くて足の速い児童だった。成績はパッとしないし授業中騒いで叱られるタイプの悪ガキだった。しかしとにかく運動だけはできた。その長所だけ。たったそれだけで小学生のアイツはモテた。まだレンアイのレの字も知らぬような年齢だったが、私は同じクラスのみいちゃんが「貴大くんってカッコいいよね」と言ったことに影響を受けて、いつしか彼を好きな人と認識するようになり、生来の負けず嫌いが祟って彼に告白まがいのことをした。そしてあろうことか『クラスで初めて彼女がデキた男』という称号を手にしたいと考えたアイツの返事はYESだった。
皆より少しだけ早く大人になりたかった。
たったそれだけ。
それだけの理由で始まった私達の関係は、そこからずるするずると続いて今年でなんと10年目を迎える。驚くべきことにすでに人生の半分以上をアイツの彼女として暮らしてきたことになるのだ。そんな腐れた縁の付き合いなのだから、恋人と言われてもいまいちピンと来ない。だからといって兄弟や双子なんていう感じでもない。8つの歳から結束し、イタズラの片棒を担ぎ合って町内を巡りめぐった私とこいつの関係はもはや相棒なんて粋な単語で表せられるもんじゃない。悪友だよ。悪友。
けれどそんな私たちにも、思春期の影は平等に落とされた。忘れもしない中2の夏。あの煩いほどの蝉時雨の中、私たちは生まれて初めて異性というものを学んだ。
それから早5年。喧嘩あり泣き笑いあり、すったもんだの末ヤることもちゃっかり済ました今は『3ヶ月記念プリ!』と全世界に個人情報を垂れ流している友人たちを鼻で笑う日々を過ごしている。