第37章 天然フェニルエチルアミン(花巻貴大)
D
Dだった。
ブラのカップサイズの話じゃない。これは私の模試の結果だ。
昨日の予備校で返された合格判定の用紙を握って、私は机をガタガタと揺すった。ううぅー、と呻きながら両足で床を踏み鳴らしていたら、うるせぇよ、と目の前に何かがコロンと落ちてきた。
「これ食って静かにしてろ」
声の主は見なくてもわかる。花巻貴大だ。そして机の上には金色の包み紙のチョコレートが1粒。私の機嫌が悪くなるといつも目の前に転がってくる、私の大好物。いただきまぁす、と口に放り込めば舌の上で広がる甘い味。うーん、幸せ。なんて蕩けていると、後ろに立っていた貴大が私の頭に肘を乗せて模試の結果を覗き込んできた。
「ひっでぇな。これ」
「うるひゃい」
「どうせまた適当に知ってる大学名書いたんだろ?ちゃんと自分の学力考えろっての」
「過去のことは悔やんでもしょうがないよマッキー。それよりも、今はこれをどう処理すべきかが問題だ」
手元の紙をペラペラと振ってみせた。今日中に担任に提出しなければならない進路希望調査である。
「お前まだ書いてないのか?帰りのホームルームで集めてただろ」
「だって、受かりそうな大学書くつもりだったのに全部D判定だったんだもん」
そう言って頬を膨らませると「可愛くねぇから」と突き放されたので「どうせ可愛くないですぅ」と言い返して私は机に突っ伏した。
「あぁー、もう!ここはベタに『花巻貴大のお嫁さん』って書いとくべきかな!?」
「やめてくれ。俺まで呼び出し食らう」
「じゃあ『花巻の姓を名乗る』とか」
「武士か!……ってか、この時期でまだ志望校決まってないとかやべえぞ。いい加減真面目に考えろ」
「そういう貴大は志望校決まってんの?」
ピンクがかった茶色の彼の髪の毛を見ながら尋ねると、当たり前だろ、と聞いたことのある大学名が飛び出してくる。すかさずその単語を第一志望の欄に書き込んだら、おいおいおいなまえさんよお、と大きな手のひらに頭をガシリと掴まれた。
「なに他人の志望校パクッてんだー?夏休みの宿題じゃねーんだぞ」
「いいの!今度ちゃんと考えるから、今日は取り敢えずこれで乗り切るの!」
「乗り切るって……お前な?人生かかってんだぞ?わかってんのか?」
「だってやりたいことないんだもん!!しょうがないじゃん!!」