第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
「いや、確かにそうだったけどさぁ……」
そう。皆さんの期待通り、驚異的なレベルで役に入り込んだなまえの暴走によって俺の唇は奪われた。6年前、第一体育館のステージの上で。あの時はマジで死ぬかと思ったけれど、そのおかげで会場はパニック状態に近いくらいに盛り上がったし、俺の恋が進展するきっかけになったのだから、今となっては結果オーライである。
「孝支はホント、こういう時でもふざけるんだから」
呆れたようにそう言って胸に抱えた白いブーケを眺めるなまえは、今まで見てきた女性の中で一番綺麗だ。
「愛してるよ」
気付いたら気持ちが唇から溢れていた。俺の方に視線を向けたなまえは、私だって、と満月のような笑顔で囁いた。
「愛してる」
あれから何度も言い合った言葉。
お芝居なんかじゃない、心の底から溢れ出るホントの気持ち。
「失礼します。そろそろお時間です」
凛とした式場スタッフの声に、はーい、と2人で返事をして腕を絡めた。
ちょっとだけ緊張して、咳払いを1つ。
『それでは大変長らくお待たせ致しました。どうぞ、扉口にご注目くださいませ』
司会の声が鳴り響く。水面の様に揺れていたざわめきがすっと静かになった。
チラリと横目で隣を見る。
大好きな大好きな大好きな彼女の横顔。俺の視線に気が付いて、挑発的な笑みを返される。
『只今より、新郎新婦のご入場でございます。 どうぞ皆様、盛大な拍手でお迎えください』
音楽と共に雨のような拍手が沸き起こる。
目の前の扉が開いた。暗転された世界の向こうから、誰かの呼ぶ声が聞こえる。
「「楽しんでいこうぜ」」
真っ直ぐ前を向いたまま、2人だけで声を重ねた。
前を向いて、笑って大きく深呼吸。
そして1歩。
彼女と共に踏み出した。
時は過ぎゆきて
END