第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
【第10節 エピローグ】
「というわけで、思い出話はこれでおしまい」
めでたしめでたし、と言い切ると、おいおい、めでたいのはこっからだから!となまえが声を押し殺して笑った。
控え室に入るや否や彼女との馴れ初めを誰かに喋りたくなった俺は、とりあえず衣装を整え直しに来たスタッフを捕まえて語りだしたのだけれど彼はいつの間にか他の仕事へ戻ってしまったようだ。結局、辛抱強く俺の相手をしてくれるのはいつだってなまえ1人だけなのだから、彼女には本当に感謝すべきだろう。
がやがやと騒がしい扉の向こうに耳を傾けながら 「いやー、あんときのなまえは本当にすごかったなあ」と感慨深げに呟く。「今日はアレやらないの?”憑依の儀式”」
「やるわけないだろう!」
拗ねたように赤くなる頬を見ると、あ、もっと苛めたいなぁ、なんてニヤけてしまう。
「だってさぁ、まさかマジでキスされると思ってなかったんだよ。しかも全校生徒の前で」
わざと茶化すようにそう言って、あの日の彼女の真似をしてやった。
「”ごめん菅原……可愛かったから、つい”」
「そういう孝支もなかなかだったぞ。覚えてるか?文化祭の打ち上げの後の帰り道」
ニヤリと笑ったなまえがフッと顔を振ったかと思うと、お得意のイケメンボイスが飛んでくる。
「”なあみょうじ……今度は演技じゃなくて、本気のキス、してもいいかな?”」
「うっ、お前よく覚えてるな!やめてくれよ恥ずかしい」
「先にからかったのは孝支の方だろう」
なまえはツンと背筋を伸ばしてそっぽを向いた。「人生の晴れ舞台を前に、なんだってそんな話し出すんだよ」
「いやあ、ちょっとね、」
自分の白い靴と彼女の純白のドレスの裾を見くらべながら、くつくつと迫り上がってくる笑いを堪えた。「さっきの誓いの口付けの時に思い出しちゃって」
「あのなあ!」
「だって人前でキスするなんてあの日以来だったろ?」
「そうだけど……!でも何も神父の前で過去の黒歴史を思い出さなくっても!」
「黒歴史って!」
真っ赤になって慌てる彼女に思わず噴き出してしまう。「黒歴史じゃないだろ?ちゃんとグランプリとったんだからさ!ミス烏野も、ミスター烏野も」