第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
【第9節 本番に臨もう】
大きな拍手と歓声で我に返った。
『次は3年2組です!準備が整うまで、もう暫くお待ち下さーい!』
明るい司会の声を聞きながら、自分がぼんやりしていたことにようやく気が付いた。
袴の上に乗せた両手をギュッと握る。
メイクも、着付けも、昨日よりもずっとスムーズにできた。
緊張も、多分昨日ほどしてない。だけど、
待機場所になってる舞台袖の椅子から、ステージの前で見ている生徒の様子がチラチラ見えた。
うへえ、と思わず視線を逸らす。
暗くなった体育館に詰めかけた観客。ガヤガヤと煩いざわめき。
本番ってだけで、こんなに変わるもんなのか……!
リハーサルでも張り詰めた空気が流れていたのに、今日になってまたガラリと会場の雰囲気が変わってしまった。うっかりすると飲み込まれそうだ。
「どうした?ガチガチじゃねーか」
突然耳元で声がした。驚いて振り返った視界に飛び込んできたのは、椅子の背もたれに寄りかかっている南条の愉しそうに歪む口元。
「安心しろ。今のお前はこの体育館にいる女子の中で一番可憐だ」
そして彼は小声で囁く。「勿論、男子の中でもだ」
「あた、当たり前だろ」
強気に返事をするけれど、噛み噛み。
「そんなスガに、本番が成功する”願掛け”を教えてやろう」
握ってろ、と右手に何かが降ってきた。氷のような冷たさのソレに、ひゃっ、と声が出る。
「騒ぐなよ。他のクラスの本番中だぞ」
「だって……な、何これ!?」
「保冷剤だ。用務員室の冷凍庫からパクってきた」
「これが願掛け?」
「そうだ。指先を冷やすためのな。出番が来たらこのゴミ箱にでも捨てとけ」
そう言って壁際にあったゴミ箱を俺の椅子の後ろまで器用に足で動かした。