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【ハイキュー!!】青春直下の恋模様【短編集】

第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編


(どうしよう。みょうじがいつもより格好良い)



『何か御用?』女子の声が響いた。

「いえ、何も。ただ、こんな冷たい雨の宵に、公爵様のご嫡女が風邪でも引かれたら一大事かと思いまして」

『此処はわたくしの邸宅の敷地内です。部外者の貴方が勝手に入り込んでいることのほうが、お父さまに知れたら一大事ですわ』

「仰る通りです」


はは、となまえが学生帽を被り直して笑った。その甘い声に、こいつが実在するなら本当に女にモテただろうな、とつい考えてしまう。


みょうじが隣にいるのに、なんだかみょうじじゃないみたいだ。
そして俺は、俺じゃないみたい。


落ち着け、落ち着け、と息を吸った。


(みょうじはきっと本気モードなんだ。俺はいつも通りやればいい。いつも通り、いつも通り)



俺が緊張しているのを、多分なまえは察していたんだと思う。いつもより間を長くとって、俺が大きく息を吐いたのを確認してから、懐かしいですね、と次の台詞を口にした。

「幼い頃は、避暑地でよく貴女とこうやって話したものです……覚えていますか?あの白樺林を抜けた先に広がる湿原。今頃は綺麗な紅葉が見られるでしょうね」

『ええ……あの頃は、男も女もなく自由に遊べたのに』


(平常心、平常心、平常心、平常心)


もはや俺ではなく、スピーカーから流れる声と会話しているなまえは「聞きましたよ?」と余裕綽々に言う。「本日はお見合いの前の顔見せだったそうですね。なんでも向こうの殿方が大層お気に召された、とか」

『縁談がまとまり次第、女学校は中退します』


(大丈夫、ここらへんは俺はずっと座ってるだけだ)


「おや、それはよかった。貴女はいつも愚痴を零していましたからね。”女学校こそ、この世の地獄だ” と」


(台詞に合わせて髪を撫でたり、)


『えぇ、お裁縫にお琴にお華。花嫁になるための勉強しかさせてもらえないんですもの。文学を愛することすら許されないのよ。女のくせに学を身につけるなんて、って』


(意味ありげに目を伏せたりするだけでいい。なんだ、落ち着けば結構余裕じゃんか)


「それならば、」

なまえの声が近くなって、急に顔を覗き込まれた。「縁談が決まってさぞお喜びでしょうね」


(あ、やっぱ無理)



彼女の顔を見れない。

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