第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
「うひゃー、まるでお人形さんだ」
黒い下げ髪に大きなリボンのついたウィッグを被せられて舞台袖へ連れてこられると、待機していた放送部の子が目を丸くして傘を手渡してくれた。
なんかもう色々と吹っ切れた俺は、それを受け取って「だろ?可愛いべ?」と笑い返した。いいよいいよ。じゃんじゃん褒めてくれ。女になるよ俺は。
「矢絣柄の小紋、海老茶色の女袴、そして編上げブーツ」
いつの間にか、短めのマントを羽織ったなまえが俺の後ろに立っていた。
「どっからどう見てもはいからさんだね。いまは何組がリハやってる?」
「3年3組」
舞台袖からステージを覗いて彼女に教える。「俺のほうが可愛いな」
「おっ、言うねえ、菅原」
「っつーかみょうじ、なんかデカくなってない?」
「うん。シークレットブーツ。これでほぼ180cm」
「マジか。大地負けた」
「ちなみにコレでもうちょっと高くなる」
そう言って学生帽をかぶった。軍人のようにキリッと目元を引き締めて立つなまえは、男の俺から見ても相当格好良い。というか多分俺が着るよりも似合ってると思う。女子たちが誰でもいいから殴りたいと言った気持ちが何となくわかってしまった。これは、ムカつく。
静かに睨む俺の顔をなまえはじっと見つめて、あ、そうだ、とポケットから何かを取り出して俺の前髪を掻きあげた。
「な、何?」
「動かないで。眉マスカラだから」
よく分からないうちに「はい、おしまい」と解放された。
「何したの?」
「髪の毛が黒だから、それに合うように眉の色を変えました」
「俺の原型なくなるじゃん」
「そう。もうキミは菅原孝支じゃない。大正時代の良家のお嬢さんだ」
「次ー、3年4組の準備お願いしまーす」
突然生徒会の声がして、身体がびくりと跳ねた。
やばい、なんか緊張してきた。
ライトに照らされたステージに、セットが配置されていく。
3年4組、準備オーケーでーす、と誰かが叫んだ。
傘を握る手に力が入る。
なまえが俺の背中に手を添えて、低い声で呟いた。
「さぁ、純愛劇の始まりだ」