第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
「んー?なんっかおかしいなぁ」
どこまでもマイペースななまえは、襟を引っ張ったり袴の下の帯を確認したり、釈然としない様子で首を捻っている。「てかもしかして、下の合わせも適当なんじゃ……?」
そう言って床に両膝をついた。
「失礼」
「え、な……ちょっと!」
豪快に袴をめくって手を突っ込まれたので、流石に驚いた。スカートよろしく両手で袴を上から押さえると「菅原!」と何故か怒られる。
「そこは男らしくしてくれないか。そこまで乙女にならなくていいんだ」
ゴソゴソと両手を動かされて、身体がどんどん熱くなっていく。
「なまえ、ごめん、ぁ、やめ、そこは駄目」
「どうなってるんだ…?めちゃくちゃじゃないか」
そう言って手探りがもどかしかったのか、とうとう頭まで入ってくる。
「えっ、ちょ、それは......待っ、流石にやばい、って!!」
「スガー、着れたかー?」
大地よりも最悪なタイミングで覗いてきたのは南条だった。「やっぱ俺が手伝って……」
「「あ、」」
多分アイツから見たらとんでもないことになってたと思う。
真っ赤な顔の俺(女装)の袴の中になまえ(学ラン)が顔を突っ込んでいて、その位置が絶妙な具合に下半身辺りだったから、つまり、その……
一瞬固まった南条は、咳払いをした後、これまた爽やかに笑った。
「どうぞ、俺に構わず続けてくれ」
そしてスッと引っ込んでいったので「違う違う違う!!」と言ったんだけど、再び出てきてくれることはなかった。
「あーもう駄目だコレ。菅原、1回全部脱ごう。最初からやり直し」
「みょうじは本当に天然でやってんのか!?わざとじゃないのか!?」
「え、何が?」
きょとんとするなまえに、あぁもう!と両手で顔を覆った。ちょっと本気で泣きたかった。
「菅原、そんなことしてたらメイク崩れるよ。ほーら、ブーツとウィッグもあるぞー?大きなリボンがついてて可愛いだろ?」
これは後で聞いた話だけれど、この日のなまえはすごく機嫌が良かったらしい。リハの日だけじゃなく、彼女はステージが大好きで、本番が大好きな質の人間らしく、とにかくこの時点でいつもより3倍増しでやる気スイッチが入っていたから、俺の気持ちなんてこれっぽっちも気にかけていなかった。