第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
「あーもうわけわかんね!」
それでも一応着た。多分正しく着れてないんだろうけど、取り敢えず形にはなった。紐が多くて意味がわからなくて、袴履いちゃえばほとんど見えないだろ、履いちゃえ履いちゃえって感じで着れた。
「菅原、どう?」
着付けが丁度終わった時、暗幕の向こうからなまえの声がした。黙ってめくると、そこ立っていたのは学ランを着た彼女。
「うわ、みょうじ、学ラン似合うなぁ」
「ありがとう。菅原も全然イケるじゃないか」
「へ、変じゃないかな?」
「うん……ちょっとごめんね」
そう言って細い指が伸びてきた。胸元でスルスルと両手が動いて、襟を正される。
それだけで俺の妄想は出勤前にネクタイを締めてくれるなまえのエプロン姿まで飛躍した。あ、なんか、幸せだ、なんて思っていたら、そのまま腰の辺りに指を這わされて、袴をぐいぐいと動かされる。
「ユルユルだなぁ…」と独り言が聞こえると同時に、腰紐を解かれ始めた。
「あ、ちょ、なまえ、なんか恥ずかしい」
「いやいや、下、体育着なんだろ?」
「そう、だけどっ」
言ってる間にも、腰紐を締め直される。身体の後ろで一度縛って、前で交差させる。それからまた後ろに持ってきて背中で結ぶんだけど、この体勢は……!
「なまえ……!」と詰まりかけた息を吐き出すと「んー?」とすぐ耳元で声がする。
彼女は俺の肩に顎を乗せて、背中側に両腕を回している。っていうか、ほぼ正面から抱きついている状態に近い。
慌てていたところに「スガー、着替えたかー?」とお馴染みの声が飛んできた。やばい!と思った直後、暗幕の隙間から大地が顔を出した。「ちょっと確認したいことが……」
「「あ、」」
なまえの肩越しに目があった。一瞬固まった大地は、今までに見たこともない爽やかな笑顔で「すまん、出直すな」と言って静かに引っ込んでいった。
「大地!まっ」
待って、と言おうとしたのに、ぐっと紐を結ばれて息が詰まった。
やべーよ!今の絶対誤解されたよ!!!