第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
「愛してるよ
……って、自分のタイミングで喋ろうかなって思ってさ」
あははは、なんてハイテンションに笑う彼女の前で、多分俺はこれ以上ないほど赤くなってたと思う。
「それはつまり、心の底からスガを"愛してる"って思えたタイミングってこと?」
からかう大地の喉元に「変なこと考えるなよ」となまえが人差し指を突き立てた。
「お芝居っていうのは、そういうもんだからね?嘘の話だとしても、舞台の上ではホントの話。相手の目を見て、気持ちが溢れたタイミングで喋らなきゃ、言葉に命は宿らない」
「そ、そうだよな!芝居芝居!おっけー。全然いいよ!」
しどろもどろになる大地に冷たい視線を浴びせて、「そういう訳で、私も着替えてくるね」となまえが歩き出した。
けれど、
あぁ、そうそう、と思い出したように振り返った彼女は、俺の耳に唇を寄せると誰にも聞こえないように低い声でそっと囁いた。
「どこのお嬢さんかとびっくりしちゃったよ。綺麗だね、菅原」
「……っ、う、」
前言撤回。今度こそ、俺の顔はこれ以上ないほど赤くなったはず。
煙のようにすり抜けていった彼女の残り香に、両手で顔を覆って悶えた。
ズルい!!それはズルすぎるよ!!!みょうじ!!!!
*
「なんっつーかさぁ、」
袴や着物や帯を床に並べて、俺は大きな溜息を吐いた。「天然タラシって一番怖いんだな」
「何の話だ?」
スマホを弄っていた南条がニヤりと笑った。
「こっちの話……ってか、何でお前いるんだよ?着替えるから全員出てけって言っただろ?」
「いやぁ、だって俺は、」
「文化祭実行委員ですから、か?」
「違う。俺は幕を押さえとく係だ」
「何だそりゃ」
「人手が足りなすぎて呼ばれた。リハも明日も、幕が降りるタイミングは俺次第」
「あっそう。っつーか、どうでもいいから早く出てけ」
「ツレねぇなぁ。袴の着付け初めてなんだろ?手、貸そうか?」
「余計なお世話だよ。こんなん浴衣と同じだべ?」
無理矢理に南条を幕の外へ押し出して、さてと、と息を吐く。
袴や着物なんて言っても演劇用の簡易的なものだ。最初に浴衣の要領で着物を着て、帯を締めて、袴を履けばいいんだろ?楽勝楽勝。
と、最初は思った。