第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
月明かりと電灯の下を、2人で並んで歩いた。
何を話したらいいかわからなくて、俺より7mmだけ背の高いなまえの横顔をちらりと眺めた。スカートの裾を抑えるように鞄を両手で持って歩く姿に、あ、やっぱり女の子なんだなぁ、なんて当たり前のことを考える。
「昔はさぁ」
突然なまえが口を開いたので、えっ!?と大きな声が出てしまった。
「昔っていうか、大正時代は、こんな風に付き合ってない男女が夜道を歩くなんて、ふしだらなコトって考えられてたんだって」
「あ、うん。台本にもそんなコト書いてたよな」
「付き合ってても、堂々と手も繋げなかったらしいよ」
「ブーツと言い、大正時代に詳しいな。みょうじは」
「一応調べたんだ。時代背景ぐらいは知っておこうかなって思って」
なまえはそう言って夜空を見上げた。「大正時代は15年間。女子と男子は違う学校に分けられて、別々の教育をされてた」
「じゃあ俺たちみたいに、放課後暗くなってから一緒に帰るなんて、夢のまた夢だ」
「うん。もし奇跡的に好きな人同士で付き合っても、大正3年……1914年がやってくる」
「あ、」
その年号に覚えがあった。日本史選択でも、世界史選択でも必ず出てくる年号。「第一次世界大戦だ」
ポケットの中のスマホが振動した。メッセージの着信を伝えるそれを、聞かないフリしてなまえを見つめた。
「そう。第一次世界大戦。4年で終わるけど、今度は大正12年、関東大震災で沢山の人が亡くなった」
両想いでも一緒にいられないなんて、辛いだろうな
そう呟いた彼女の声が、遠くから聞こえるような気がした。
月明かりに照らされた彼女の横顔に、なんだか倒錯的な気分に襲われてしまう。
頭がくらくらする。