第35章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)後編
「みょうじも、今部活終わったんだ?演劇部って結構遅くまで練習してるんだな」
「文化祭当日まであと3日だしね」
「それで引退なんだっけ?」
「うん……」
会話が途切れた。この手の話題はどうしてもしんみりしてしまう。「で、何で俺呼ばれたわけ?」と無理に明るい声を出したら「あ、そうだった」となまえが紙袋に手を突っ込んだ。
「これ、履いてみて欲しくて」
そう言って出てきたのは暗めの色の編み上げブーツ。「男子のサイズに合うのを探すのに苦労したよ。リハーサルに間に合ってよかった」
「え、本番ってコレ履くの?」
「そうだけど」
「袴って言ってたから、てっきり草履とかだと思ってた」
「いやいや、大正時代でも女学生はブーツだったよ」
「へえ、そうなんだ」
自分の靴を脱いで、ふくらはぎの半分よりもちょっと高さの足りないそのブーツに足を入れてみる。少し苦労したけど、入ってしまえばそんなに窮屈でもなかった。
「立って歩いてみて……足、痛くならない?」
「うん。大丈夫みたい」
「よかった。入らなかったらどうしようかと心配してたんだ」
にっこり笑ったなまえにつられて、俺も口元が緩んでしまう。
前よりもずっと、彼女と話すのが楽しい。
「ごめん、実は菅原の用事はこれだけ」
ブーツを紙袋に戻したなまえは、罰の悪そうに頬を掻いた。「わざわざごめんね。もう帰っていいよ」
「えっ、じゃあさ」
心臓が跳ねて、ぐい、と彼女に身体を寄せる。
新しいゲームを買った小学生の時みたいに、わくわくして、胸がぎゅうっと苦しくなる。早く早く、と見えない何かにせかされるように、言葉が飛び出た。
「じゃあさ、一緒に帰ろうか」
大地はきっとまだ帰れない。俺とキミと、2人だけで帰ろうか。
好きだって気持ちがバレても良かった。
いやむしろバレてくれ。鈍感なキミの照れる姿が見たい!
でも返ってきたのは「あ、いいよー」というあっけらかんとした声だった。
「じゃあ私着替えてくるから。菅原も、着替え終わったら校門で待ってて」
「お、おう……」
スタスタと去っていく彼女の背中に、ちょっと落ち込んだけれど、それ以上に嬉しかった。
一緒に帰れる!
ニヤける顔を抑えきれずに、俺は部室に走っていった。