第34章 時は過ぎゆきて(菅原孝支)前編
“歩き方1つでどんな女性なのか表現する”
その言葉から始まる指導を、俺は嫌というほど叩きこまれた。
目元を隠す傘の角度、足の運び方。スッと伸ばした10本の指先の位置。そしてなだらかな撫で肩。
頭の先から身体の末端まで、全てに意識を配って歩いた。
"年齢は17歳、公爵の一人娘として大切に育てられてきた御令嬢"
腰掛けに見立てた椅子の前まで来て、ゆっくりと傘を降ろす。
教室の空気が少し、張り詰めたのがわかった。
"さりげない仕草から滲み出る身分の高さと、匂い立つ色香。そして、僅かに残る少女のあどけない表情"
客席からどう見えるか。どこに視線を置くのか。どこを見てほしいのか。
全神経に集中させて椅子に座ると、物憂げに視線を落とす。
訳ありげに俯いて、でも影が出過ぎないように横髪を寄せて、溜息をひとつ。
「はい、おっけ」
なまえがもう一度手を叩いた。
どや!と顔を上げると、ぽかんとした顔の南条が見えた。
「……確かに、これはやばいな」
少しの沈黙の後、呟かれた言葉に「な?な?そうだろ!?」と大地が食い付く。「ここまでもってくるのに何日かかったことか!」
「この破壊力はやばい。学ランのくせにそこらの女子よりずっと色っぽい」
「だよなぁ?俺的にはここまでだけでグランプリだよ」
「大地、それは流石に言い過ぎだべ」
照れ臭くなってそう言うと、なまえが「あながち間違いじゃないけどね」と口を挟んだ。
「コンテストの場合、だいたい最初の第一印象で点数が決まっちゃうんだ。菅原はこのシーンで勝負をかけたら、あとは適当に流しても大丈夫」
「適当つって、ホントにテキトーにやったら怒るくせに」
彼女を指さしてケラケラと笑った。
そう。実を言うと、俺は女役に慣れた。というよりも麻痺した。綺麗だの可愛いだのと言われることに、もはや抵抗はない。
その理由は多分、相手がなまえだから。
練習中、抱きしめるシーンも俺の身体に極力触れないように気を配ってくれるし、キスのフリだって後頭部で隠れるように角度を調節してくれる。だから唇も全然遠いところで止まっている。
それでも「見てて緊張する」と毎回のように言う大地の言葉に、なまえの"見せ方"の上手さに感心するしかなかった。