第4章 HONEY BEAT(及川徹)
「...なーんちゃって☆」
彼はふざけて自分で頭を軽く叩いてみせた。
「ところでなまえちゃん、今日はなに読んでるの?」
なまえは無言で持っていた本の表紙を見せてやる。さきほどから誰かさんのせいでたいしてページは進んでいない。
「わ、恋愛小説じゃん」及川はふざけて両手で口を覆ってみせた。「なまえちゃんもそういうの興味あったんだ」
「...素敵だとは思うよ」
「じゃあ俺と」
「嫌です」
「なんで!?」
こんなやりとりも何回目になるだろうか。いつの頃からか、なまえがそっけない態度をとればとるほど、及川はアタックをしてくるようになった。
「及川って、付き合ったらめんどくさそうだもん」
「えー!ショック!じゃあためしに今度俺とベニーランド行こ?メガダンス乗っちゃお?」
「絶対嫌」
一度だけ、
なまえは友達に誘われて及川の試合を見に行ったことがある。
正直言って驚いた。普段のおちゃらけている彼とはまるで違う人がコートに立っていた。
『岩泉が言ってたんだけど、及川くんってすごいんだって』友達が教えてくれた。
『チームみんなのことを理解して引っ張っていくセッターっていうポジションにいて、及川くんがいるから、チームは100%の力を発揮するんだってさ』
そんなこと、図書室でも言っていたような気がする。
セッターとしての誇り、主将としての重圧、不安。彼は全部言葉にしてなまえに伝えていた。
けれど、自分はそれに対して1度でも何か気のきいたアドバイスをしたことがあっただろうか。
及川もいろいろと抱えているはずだ。けれどそれは彼のもつ圧倒的な自信と練習量の前には全く意味をなしていないように見えた。
及川、あんた、十分天才だよ。
なまえはあの日からずっとそう思っている。
周りにうんとすごいやつらがうじゃうじゃいたとしても、あんたも天才の一人だ。
でもなまえは絶対にそれを及川には言わない。もし言ったらきっと彼はもうここへ来なくなってしまうだろう。
あぁ、そうか。キミもあの女の子たちとおんなじなんだね、って。